なぜ有馬記念は3歳牝馬のレガレイラが18㎝差で勝ち1番人気が沈む万馬券の大荒れレースとなったのか…背景に「超スローペース」「斤量差」「戸崎の気合」「師走の風」
中央競馬の総決算「第69回有馬記念」(GⅠ、芝2500メートル、1着賞金5億円)が22日、千葉県船橋市の中山競馬場で行われ、5番人気のレガレイラ(牝3、木村)が大接戦をものにし、GⅠ2勝目を挙げた。3歳牝馬が有馬を制するのは64年ぶり。戸崎圭太騎手(44)は10年ぶり2度目の有馬優勝となった。鼻差2着には10番人気シャフリヤール(牡6、藤原)が入り、万馬券を演出。3着は逃げた2番人気のダノンデサイル(牡3、保田)と新旧ダービー馬が入った。直前に1番人気必至のドウデュースが出走を取り消して電撃引退となった大一番は荒れるべくして荒れたのかもしれない。
ハナ差の接戦…勝負を分けたのは
“天才少女”が師走の中山で輝きを取り戻した。
3歳牝馬のレガレイラは4枠8番からスタート決めて5、6番手をキープする積極策を取った。4コーナーで3番手に上がると、最後の直線は外めを一気に進出した6歳馬シャフリヤールとの激しい追い比べとなった。逃げたダノンデサイル、2番手のベラジオオペラが粘るところを坂上で交わすと完全なマッチレース。同じサンデーレーシングの勝負服の2頭はもつれるようにゴールした。
勝ったのは、内のレガレイラか、それとも外のシャフリヤールか。名勝負に挙げられる1999年のグラスワンダーとスペシャルウィークの戦いを思い起こさせるような僅差の争い。写真判定の末、わずか18センチの差で内のレガレイラに軍配が上がると、乗り代わりで、大仕事をやってのけた戸崎騎手は馬上で両手を突き上げた。
「スローになると思っていたのでスタートがカギだと思っていた。少し遅れたが、二の脚が速く、スムーズにポジションが取れ、いいリズムで走れた。最後はもう気持ちで負けないように必死で追いました。勝ったかどうかは全く分からなかった」
有馬記念ではしばしば復活劇が起こる。1年前、レガレイラはクリストフ・ルメール騎手とのコンビで牝馬ながらホープフルステークスに向かい、強烈な末脚でGⅠを初制覇した。しかし、その後は挫折が続いた。今春は牡馬クラシックの皐月賞、日本ダービーに挑み、結果は6、5着。それでも1、2番人気に支持されるほど高い素質を見込まれていた。
秋に入っても、ローズステークス、エリザベス女王杯ともに単勝1倍台の1番人気で連続5着と不完全燃焼が続いたが、これは決して回り道ではなかった。早い段階で「牡馬」や「古馬」と戦った経験が肥やしとなり、大一番で花開くことにつながった。
「ようやく、この馬の力をお見せすることができました」。木村哲也調教師もホッとした表情を浮かべた。
戸崎の「気合」の入った大胆な積極策も見逃せない。最終追い切り後には「末脚一辺倒ではなく、柔軟性もありそう」と特徴をつかみ「楽しみで仕方ない」と意気込んでいた。その言葉通りに前の位置でレースをした。今回は5番人気。少し気楽な立場になったことがプラスに働いたかもしれない。2番人気のダノンデサイルが先行したが、1000メートル通過が62秒9という超がつくほどのスローペース。本来ならば逃げ、先行馬に有利に働く展開だ。
だが、この日はホームストレッチで強烈な向かい風が吹いていた。差し馬が台頭するシーンが目立った。レガレイラも好位のインに待機し、先行馬をうまく風よけにしたことでスタミナを温存し、最後の脚につなげることができたのだろう。
4コーナーの勝負所では隣の古豪ディープボンドが急激なペースアップに対応しきれずに後退しており、そこにできたスペースを見逃さず一気に加速したことも勝因のひとつ。「うまく進路が取れた」と戸崎騎手。最後の叩き合いは3歳牝馬ということで斤量が58キロのシャフリヤールより4キロ軽い54キロがものを言った形だ。
3歳牝馬の勝利は、1960年のスターロッチ以来64年ぶりの快挙。戸崎騎手にとってはジェンティルドンナで制して以来10年ぶり2度目のグランプリ制覇となり、笑顔がはじけた。
「この子はジェンティルと違い、女の子らしい優しいタイプ。それでいてきょうの走り。もう可能性しか感じませんよ」
有馬では「不利」とされた大外16番で、しかも6歳であることから10番人気と評価を下げたシャフリヤールが2着に入ったことで、馬券は馬連で49番人気の2万470円、馬単で86番人気の3万3100円と万馬券となった。3着には先行して粘った2番人気のダノンデサイルが入ったが「8-16-1」の3連単はなんと19万6520円の夢馬券である。馬連、馬単とも万馬券になったのも2014年のジェンティルドンナ→トゥザワールド→ゴールドシップ以来、10年ぶりだ。
クリスチャン・デムーロ騎手が2021年の日本ダービー馬の底力を引き出した。
「リラックスしてリズム良く走れていた。坂下までは伸びてくれたが、残り100メートルで苦しくなってもたれてしまった」
デムーロ騎手は鼻差の2着が悔しくて仕方がない。
昨年は5着。目指していた香港での出走がかなわず、帰国後に慣れない中山競馬場で調整した結果の敗戦だったが、今回は「今年は順調に来た。臨戦過程は雲泥の差。あれで5着やったんやから」という藤原英昭調教師の期待に応えた。
「不利な枠を考えれば、人馬ともに100点満点。成熟しているというか、経験を積んで6歳になってまだ良くなっている。大した馬やね」
藤原調教師は結果に満足で現役続行をにおわせた。
有馬の大外枠は、グレード制が導入されて以来、3着以内に入ったことのない「死の枠」だった。しかし昨年もクリストフ・ルメール騎手が騎乗した2冠牝馬のスターズオンアースが大外枠から2着に入っており、実力馬で鞍上の騎手に力があれば、善戦はできるということを証明した。もう有馬の8枠「死の枠」説は、覆していいのかもしれない。
そして超スローペースに泣き、馬群に沈んだのが1番人気6着のアーバンシックだ。この秋はセントライト記念、菊花賞を連勝し、本格化を感じさせていたが、この日は、名手ルメール騎手がスタートで出遅れた。観衆がどよめく中、3番という内枠の利を生かし、すぐにリカバリー。内ラチ沿いをスルスルと前へ出したところまでは良かったが、中団で周りを馬に囲まれて動くに動けない状態になった。ストライドの大きい馬だけに持ち味を殺された。途中、無駄な足を使ってスタミナを消費。リズムに乗れなかったことで最後の直線で伸びなかった。
「残念ながらスローペースでした。状態は良かったしレースはスムーズでしたが、ペースだけでしたね」と神妙に話すルメール騎手。勝ったのが、お手馬だったレガレイラだけに心中は穏やかではなかったはず。武井亮調教師も「なんせペースが遅くて、よーいドンではきつい。GⅠのペースなら全然やれる。来年GⅠ取れるとジョッキーも言っていた」と巻き返しを誓った。
また2番人気に支持された今年の日本ダービー馬のダノンデサイルも3着に終わった。1番枠を生かしてハナを切った。予想された作戦でもあり、3着なら及第点とも思えなくもないが、超スローペースで先行馬が有利の展開だっただけに、ダービーで見せた爆発力が不発だった点には一抹の寂しさを覚える。
「まだ3歳馬。現時点での力は出し切った」と話す主戦の横山典弘騎手とは対照的に安田翔伍調教師は、「初めての古馬相手の競馬でしたが、内容としてはもうひとつ。ダービーのころに比べて何か失ったものがある感じがした。栗東に帰って確認してみないと」と眉間にしわを寄せた。
大本命だったドウデュースが不在となり、大混戦が予想された今年のグランプリは、その通りの大荒れの激闘となり、世代交代を印象付けた。
2025年は、明け4歳の馬が中心に回ることになるだろう。新女王レガレイラの今後は未定だが、同厩舎でジャパンカップ4着の2冠牝馬チェルヴィニア、さらに香港ヴァーズ3着のステレンボッシュなど、この世代の牝馬はタレント揃い。これにダノンデサイル、アーバンシック、シンエンペラーなどの牡馬も加わり、海外遠征を含めて激しい覇権争いを演じてくれそうだ。