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日本ボクシング史に残る堤聖也vs比嘉大吾のWBA世界戦の死闘の裏側②…“沖縄の倒し屋”と“名参謀”のコンビは本当に引退してしまうのか…王者は次戦で井上拓真との再戦が最有力
プロボクシングのWBA世界バンタム級タイトルマッチ(24日・有明アリーナ)の“死闘”がファンの間で大きな感動を呼んでいる。王者の堤聖也(29、角海老宝石)と元WBC世界フライ級王者の比嘉大吾(29、志成)の“同級生マッチ”は9ラウンドにダウンの応酬があり、ジャッジの3者が「114ー114」と採点してのドロー。その名勝負の裏側に迫った。第2回は2人の“今後”に焦点を当てた。
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序盤は、比嘉がインファイトの打撃戦を仕掛けずに中間距離からのジャブの差し合いを制した。2020年の第1戦もドローだったが、ジャブでは、比嘉がコントロールしていた。堤はスイッチ。サウスポースタイルでも戦えるが、野木丈司トレーナーは、「喧嘩四つは嫌う。絶対に右構えでくる。勝負はジャブの差し合い。対策は練ってくるだろう。だが、こっちは、その上をいくジャブの威力を磨いてきた」との自信があった。
「注意したのはタイミング」
実は、比嘉は堤の呼吸を読み、息を吸うタイミングを見計らってジャブを放っていた。それが野木トレーナーの指示。リングサイドで見ていても見抜けない高度なスキルである。
そして試合の主導権を握ることになったのが、4ラウンドの偶然のバッティングにより堤が右目上をカットしたことだ。
堤は「ずっと見えていなかった。血が入って視界も狭くなっていた」という。
その瞬間、比嘉は大きな声で「ごめん!」と堤に謝罪したが、このカットにも伏線があった。
野木トレーナーは、1ラウンドに比嘉の左フックが堤の右目上をかすり、そこが赤くなったことを確認していた。5年前も堤は流血した。バッティングは想定外だったが「いつか切れる」とは計算に入れていたのである。ドクターチェックが入っていつストップがかかってもおかしくない状況となり、ポイントを取られていることを自覚していた堤は、5ラウンド以降、積極的に前へ出た。
対する比嘉は、ジャブに加え、ノーモーションの右フックをからめ、左フックのカウンターを常に狙い、時にはガードを固め、時にはガードを緩めるなど堤を揺さぶりながら、いつにもない引き出しの多いボクシングを披露していた。
「もっと止まってガンガン、打ち合いがあるのかなと思っていたが、向こうはカウンター狙いで、僕に合わすプランを徹底してきた。それをうまく打開し辛い状況が続いていた。中に入ったときに距離を潰され、腹をあまり打てなかった。そこが悔しいところでしたね」
堤の想定外の展開になっていた。
それでも、試合後、比嘉は堤が上下に打ち分けてくるボディで「お腹が痛かった」と振り返っている。
堤の傷口からは激しく血が流れだしていた。おそらく海外のレフェリーなら試合をストップしていたかもしれない。それでも業界でも名カットマンとして知られる角海老宝石ジムの前会長である鈴木真吾氏の懸命の止血作業で、最悪の事態は回避して、試合が止められることはなかったのである。
そして、あの9ラウンドのダウンの応酬から堤が勝負の流れをガラッと変えてしまった。これがボクシングの怖さであり魅力。そのチャンスを作った堤の練習に裏付けされたスタミナと意思の強さが、一度は失いかけたベルトを手元に引き寄せたのである。