井上拓真のWBA世界王座奪取の裏に兄の“モンスター“尚弥との友情物語…近くに成長するための最高の手本がいた
プロボクシングのWBA世界バンタム級王座決定戦が8日、有明アリーナで行われ、元4団体統一王者、井上尚弥(29、大橋)の弟で同級1位の拓真(27、大橋)が、元WBA世界スーパーフライ級王者で同級2位のリボリオ・ソリス(41、ベネズエラ)を3-0の判定で下して新王者になった。WBC世界同級暫定王者から陥落して以来、3年5か月ぶりの王者返り咲きで、兄が返上したベルトを継承した。拓真の目標は4団体統一だ。
愚直に貫いたソリス対策
不器用だけど愚直。
拓真のボクシング人生を示すような12ラウンドだった。
最終ラウンドのゴングが鳴り、無表情でコーナーに帰って拓真は、リングに上がってきた兄の尚弥と、何やら話した直後、何かに解き放たれたような笑顔を浮かべた。まだ判定結果は出ていない。
「やっていて、パンチをもらっていないんでポイントでは勝っていると思った。採点を待つときは勝利を確信していた、無事に勝って、ホッとしたという笑顔です」
ジャッジぺーパーが英語で読み上げられた。
「116-112」、「117-111」、「118-110」
完勝だった。
「まずは1本目ベルトをしっかりとることできてほっとしています」
兄の尚弥がほんの2か月前まで手元に置いていたWBAのベルトを腰に巻く。尚弥が肩に下げやすいようにベルトを付け直してくれた。
「兄の弟という重圧は、現役でやっている以上、ついてきます」
最初から最後まで、ひたすらソリス対策に練り込んできたボクシングを徹底した。下がらずにリングの中央でプレスをかけ、ディフェンスに集中。7年前に元WBC世界バンタム級王者の山中慎介氏からダウンを奪い、山中氏曰く「右にかぶせられた。確かに伸びて来る右ストレートだった」という要注意パンチを封じるため、左ジャブで誘い、そのパンチに右のクロスカウンターを徹底して合わせた。そして、ロンドン五輪に出場したオリンピアンの須佐勝明・特別コーチ直伝のステップワークで、「打たせない」距離をキープ。ソリスの打ち終わりに必ずパンチを浴びせて、すぐに距離を潰して、反撃をシャットアウトした。互いに決定打はないが、拓真が確実にポイントを積み重ねていく。
だが、試練が待ち受けていた。
5ラウンドだ。左肘を使われて左目上をカットされたのだ。
プロ18戦のキャリアで初めて体験する流血。拓真は肘でやられたと、反則打撃をアピールしたが、偶然のバッティングによるカットだと判断された。血がすすっと流れるが、大橋陣営には、ノニト・ドネア戦で、兄の尚弥のカットを見事に止めた名カットマンの佐久間トレーナーがいる。
真吾トレーナーが言う。
「集中しろ!」
血止めの応急処置してもらい6ラウンドが始まると、拓真の動揺につけ込もうとソリスが一気に攻め込んできた。ロープに押し込んでの連打。ここまでのポイントの不利さを考えて、出血が理由で試合が止まるリスクを恐れたのかもしれない。
拓真は、「来い!」「来い!」とジェスチャーした。
ソリスの前進を受けて立ち、ロープに詰められても、ブロックと体のポジションの入れ替えでのディフェンスで有効打を許さない。
「ロープを背負っても(パンチを)もらっていない。カットしても集中力を落としていないぞとアピールした」
リングサイドにいた大橋会長は「初めて切った。動揺、焦りを心配したが、コーナーに詰められても完璧なディフェンスで自分を守った」と、逞しくなった拓真の成長に目をみはった。