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仙台育英の須江監督は7回に勝負を決める満塁弾を放った岩崎をベンチ前で抱きしめた(写真・日刊スポーツ/アフロ)
仙台育英の須江監督は7回に勝負を決める満塁弾を放った岩崎をベンチ前で抱きしめた(写真・日刊スポーツ/アフロ)

なぜ仙台育英は「東北の壁」を打ち破り全国制覇を成し遂げたのか…ディレードスチールと岩崎生弥の満塁弾が物語る”須江イズム”

 ディレードスチールと、岩崎の躍動は、日本一を目指し続けてきた“須江イズム“の象徴だった。  2017年12月に仙台育英を強豪校として鍛えあげた佐々木順一朗監督が部員の不祥事で辞任すると、付属の仙台育英学園秀光中の軟式野球部で指揮を執り全国制覇も成し遂げていた須江氏に声がかかった。  須江監督は仙台育英OBで2001年にチームは春夏と甲子園に出場、センバツでは決勝まで進んだが、レギュラーではなく記録員としてベンチ入りする“補欠”だった。その後、八戸大(現在八戸学院大)に進むが、そこでも学生コーチ。だが“補欠”を体験しているがゆえにチームに公平な競争を持ち込み、レギュラーメンバー決定には、誰もが納得する数値化を掲げた。

 2018年1月には、たった一人で大阪桐蔭の練習場を訪れて、日本一チームの練習を見学した。西谷監督に面談の機会をもらい、聞きたいことをすべてぶつけた。以降、定期的に交流戦を組んでもらえるようになった。須江監督が、そこで学んだものの一つが「野球脳」を鍛えることである。大阪桐蔭を超えるには、野球を熟知して相手が嫌がることを瞬時に選択して流れをつかむ。「考える野球」を身に付けるための特殊なチェックシートや座学もチームに取り入れた。全員で戦術を貫き、下関国際のスキをつき、小さな傷口を広げて最後は7点差とした決勝の野球こそ東北勢に足りなかった“何か“を須江監督が求め続けた仙台育英野球だった。

 投手5人制を採用して決勝戦も斎藤ー高橋のリレーで守り勝った。

 優勝インタビューで須江監督は、本当に斎藤(蓉)がよく投げてくれた。県大会は、投げられない中でみんなでつないできて、最後に投げた高橋も、今日投げなかった3人のピッチャーも、スタンドにいる控えのピッチャーも、みんながつないだ継投」と称えた。

 5人全員が140キロを超えるストレートを投げられるレベルの高さが話題にもなったが、それも入学時から計画的にスピードアップに取り組み、人によっては20キロ以上増やした成果である。下関国際も、古賀、仲井の2枚看板で決勝まできたが、ワンマンエースに頼らぬ複数投手制の採用が今後の全国制覇の条件となるのだろう。

 優勝インタビューでは、背番号「13」の主将、佐藤悠斗が日本一となった強さの理由を聞かれ、「メンバー外もメンバーに入っている人と同じくらいの実力があって日本一のチーム内競争があることです」と胸を張った。そしてスタンドにいる両親へ感謝の言葉を伝えた。こういう姿こそが、野球を上手くなる、チームが強くなること以上に、人として何が大切かを説き続けた須江監督が、最も選手たちに求めていたものだったのかもしれない。

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