なぜ天心は武尊との“世紀の一戦”に勝利できたのか…「負けたら死のう」の壮絶動画“遺書”とクセを研究し尽くした戦略
リング上で天心は永遠のライバルと互いに泣きながら抱き合った。
「感謝しかない。前に立ちはだかってくれてありがとう、戦ってくれて、ありがとう」
そう気持ちを伝えると、武尊も「天心君がいないと、ここまで続けてられなかった。本当にありがとう」と返したという。
「プレッシャーが今までやった選手のなかで一番強かった。僕とは真逆のファイター」。
天心は武尊をこう称えた。
試合後の公式会見で天心は衝撃の告白をした。
「マジで負けたら、死のうと思っていた」
それを「遺書として」動画に収めていたというのだ。
前日会見で、武尊は「命の取り合い。負けたら死と一緒」と壮絶な覚悟を口にしていたが、実は、天心も同じ思いを胸に秘めてリングに上がっていた。
「死んでもいい(くらいの)気持ちではなく、(負けたら)死ぬんだ、終わるんだと。今日を人生最後の日と思っていた。次の日をやっと迎えられる」
それほどのプレッシャーと敗者となることへの恐怖があった。
なぜ彼は己との戦いに打ち勝てたのか?
「チームを信じきって戦えたこと。そして、最後にしっかりと(昔のキックボクサーのスタイルに)戻して、カウンターを狙って那須川天心の強さを見せる、と自分を信じきれたのが勝因だと思う。父親、チーム天心、最強の仲間だった」
6月19日は、父の日。トレーナーでもある弘幸氏への感謝の気持ちをストレートにリング上から伝えた。
天心は、リング上のマイクでは「これまで最強とは思えなかった」と意外な本音を吐露した。その真意をこう説明した。
「ずっと寂しかった。試合はあるが、ワクワク感がなくて、やっとここで(武尊に)出会えた。だからこそ、自分の中で、この人に勝てば本当に強いと認めてもらえると。世間から色々とお互い(逃げているなどと)言われた。選手同士がやりたいのにできない。それがずっとあった。正直、戦わないで引退することに心残りがあった。戦うべくして戦う運命的な出会いだった。その言葉で片づけるのはあまりよくないが」
新型コロナの影響で海外の強豪選手を招聘できず、ライバルが不在だった。マッチメイクに苦慮して、昨年6月の東京ドーム大会では、1対3の変則マッチを行い、大晦日には、体重差のある総合の“レジェンド”五味隆典とのボクシングマッチ。天心が求めたわけではないが、迷走していた。必然、気持ちは、次のボクシングに向かい、練習のウエイトもそこに傾き、キックボクサーとしてのバランスを失い、倒せなくなっていた。4月のRISEでの引退試合では、同門の風音に苦戦。そのとき、わざと風音のセコンドにつき、打倒武尊のために必要なものが何かを教えたのが、父の弘幸氏だった。天心はボクシング練習を封印。チームRISEの合宿にも参加するなど、キックボクサーの原点に回帰した。
あの戦慄の左カウンターを生みだした背景には、そこで蘇ったキックボクサー天心の「自分を信じる力」があった。そして、天心が最後の最後に強くなれたのも、すべて武尊という好敵手の存在だった。 敗れた武尊は、足を引きずってインタビュールームに現れた。
今の心境を?と聞かれ、マイクを持ったまま「あの…」「あの…」と漏らして、約10秒ほど絶句した。こみあげてきた感情をおさえ、こう静かに語った。
「本当にこの試合を実現できたことと、実現するために動いてくれた人と支えてくれた人たちと、対戦相手の天心選手に心から感謝しています。僕を信じてついてきてくれたファンの人やK-1ファイターたち、チームのみんなだったり、そういう人たちには心から申し訳ないなと思っています。以上です」 関係者が、質疑応答を遠慮したい意向を伝え、武尊は、「ありがとうございました」と頭を下げて引き揚げた。