なぜ天心は武尊との“世紀の一戦”に勝利できたのか…「負けたら死のう」の壮絶動画“遺書”とクセを研究し尽くした戦略
武尊は、リング上で天心に感謝の意を伝えた。そして、それ以上の何か重要な決意をも天心に打ち明けていた。武尊へのメッセージを求められた天心は言葉を濁し「男の話。内緒です」と口を閉じた。 実は、武尊は、天心戦の先の第2章として海外進出と総合への挑戦を考えていた。だが、それらは天心戦の勝利が前提のプラン。「負けたら引退」―それが武尊の美学なのだろう。
リングを降りる際に、キャンバスに額をなすりつけるようにして、武尊は、数秒にわたって、42戦戦ってきた戦場に何かを話しかけていた。それは惜別の言葉だったのかもしれない。三塁側のベンチへと引き上げる武尊にファンは温かい拍手を惜しみなく送った。
「ありがとう」。そんな声も聞こえた。その拍手は、再起を促すカーテンコールであり、すべてを投げうち、専用のプライベートジムを創ってまで、このファイトに人生をかけた勇者を称えるファンの思いだった。
天心は、ボクシング界へと旅立つ。
「やっと解放された。1、2、3、5か月くらい休みたいですね。格闘技を考えない日々を送りたい。ボクシングの予定?今は何も考えていない」
この先のことについては多くを語らず「終わりだもんね。悲しくなりますね」とこの試合を最後に引退するキックボクサー・天心としてのラストメッセージで会見をしめくくった。
「日本のエンタメで一番大きいことができた。これを見て格闘技をしたいという次の世代…オレもK-1を見てキックを始めた…そういう存在にやっとなれた。ここからすぐにまた(格闘界が)大きい大会ができるかというとそうじゃない。でもできるようになって欲しい。格闘技は野蛮と思われるかもしれないが、人の心を動かすことができるものですから」
そして最後の最後。神童と呼ばれた若きファイターは、こう言って笑った。
「すげえ楽しかったです」
東京ドームを出るとき、多くのファンが出待ちをしていた。
上から下までビッシリと埋まった東京ドームは、2年以上にわたる長い新型コロナのトンネルを抜け出した人々の希望の象徴のように思えた。ジャニーズのコンサートばりのゴンドラに乗って登場した天心は、「キラキラして星になったようだった」と語っていた。大げさな表現になるが、天心と武尊という稀代の2人の格闘家は、格闘界や人々の心だけでなく、夜空の星のような光を日本の社会に当てたのかもしれなかった。 (文責・本郷陽一/論スポ、スポーツタイムズ通信社)