なぜJ2甲府は天皇杯準決勝でJ1鹿島を倒す”ジャイアントキリング”を成し遂げたのか?
天皇杯はリーグ戦と並行しながら、原則として水曜日に行われてきた。週末をにらんで主力組を温存する傾向はシーズンが終盤に入り、J1残留がかかってくるチームになるほど顕著になる。
もっとも、鹿島は残留争いに無縁だった。しかもタイトル獲得の可能性がたったひとつ残された天皇杯へ、全身全霊をかけて臨んでくる。だからこそ、三平はこんな言葉も残している。
「正直、鹿島相手には難しいかなと思っていたんですけど。本当にちょっと驚いています」
鹿島のホームへ乗り込む大一番へ。甲府を率いる吉田達磨監督(48)は、リーグ戦で4試合続けてきた4バックから3バックへ戻した。実際には5バック状態となり、さらにその前に4人が並ぶ。前線は三平だけという戦い方に変えた意図を、指揮官はこう説明した。
「僕たちが勝つとは思っていない人が多かったでしょうし、ならばそれを少しずつ変えていこうとゲームに入らせた。選手たちには『甲府は非常に面倒臭いぞ、と思わせないといけない』という話をした。立ち上がりは蹴り合いになっても、出て行くことで自分たちの距離感にしていこうと」
蹴り合いの意味を、3バックの真ん中を担う浦上がわかりやすく説明してくれた。
「鹿島さんのスタイルとして、アグレッシブに前からボールを奪いにくる、というのはスカウティングでわかっていたので、プレッシャーをかけられたなかでパスを出せるところがなかったら、とりあえず最初は大きく前に蹴ろうと。鹿島さんのセンターバックも、背後へのボールにはそこまで強くないというスカウティングもあったので、そこは上手くできていたかなと」
試合中は「スライド」と「カバー」が、合言葉のように飛び交った。
左右にボールを振る鹿島の攻撃に対して、浦上を中心に左右へ絶え間なくスライド。クロスを上げられたときには果敢にはね返し、空中戦に挑んだ仲間が空けたポジションも必ず誰かがカバーする。防戦一方のように見えて、実は鹿島を手のひらの上で転がしていたと三平が明かす。
「外でボールを回させる分には大丈夫だからと、みんなで共有していました」
5枚になった最終ラインと4枚の中盤で形成される、強固なブロックの周囲で鹿島はボールを回す展開が多くなった。後半になると、最もゴールの匂いを感じさせるゲームキャプテンのFW鈴木優磨(26)までがサイドに開いてゲームを作り出した。
さらに鈴木の近くに複数の選手も絡み出し、サイドで数的不利を作られるようになると、甲府の選手たちは「割り切ろう」を合言葉に追加した。再び三平が明かす。
「本来ならばボールが外に出た瞬間にみんなでスイッチを入れて、クロスを上げられる前に奪い取りたかった。でも、人数を増やされてきたので。その分だけ中で対応するウチの選手が増えた。中ではそれほどやらせていないので、失点につながらなかった、というのはありますね」
シンガポール代表監督をへて、約3年8ヵ月ぶりに復帰した吉田監督のもとで、今シーズンの甲府は最終ラインからボールを丁寧につなぐスタイルを標榜してきた。浦上が言う。
「僕たちがやっているサッカーは引いてくる相手の守備を突破できれば得点につながりますけど、守られた末に一発でやられるというのがリーグ戦のなかでけっこうあって」