なぜV4に成功した井岡一翔はKO決着を封印したのか…”リトル・パッキャオ”が「当たっても倒れる気がしなかった」と嘆いた技術
実は、福永陣営には、ある情報が入っていた。福永との対戦を想定していなかった井岡は、角海老宝石ジムに所属するアンカハスと同じサウスポーで興国高の後輩でもある元全日本新人王の橋詰将義をスパーリングパートナーとして呼んでいたのだ。
福永は「井岡のパンチは見えない」という話を聞かされていた。攻略のヒントはなかったという。奥村健太トレーナーが戦前にこんな話をしていた。
「井岡選手はスパーごとにテーマを決めてボクシングをしてくるので全部を見せない。だから何ひとつクセやスキのようなヒントがなかったと言うんです」
試合後、福永は「やっぱりパンチが見えなかった」と嘆いた。
常に前の左足をサウスポーの福永の右足の外に置き、被弾の少ないポジションをキープ。そこから的確な左のジャブに加えてインサイドからなんの予備動作もなく最短距離を通ってくる右ストレートを放つ。打ち終わりに左右のパンチ、アッパーを狙い、5ラウンドには右でボディをえぐり、顔面に右、左、右のトリプルコンビネーションを叩きこんだ。
7ラウンドには福永は鼻血を噴き出した。すべてショートパンチ。リスクのある大振りパンチはない。これこそが、井岡がサウスポーの対アンカハス戦に磨いた技術の一部であり、4階級制覇王者の”魔界”である。
解説を務めた元WBA世界スーパーフェザー級スーパー王者の内山高志氏が秘密を明かす。
「福永選手が行こうと思った瞬間にあの右が来る。それが嫌で動きが単調になった。そして井岡は、相手の胸から腹のあたりをよくみる。目線を上下させて目のフェイントを使う。相手からすると、どこを狙われているかわからない」
4ラウンド、5ラウンド、7ラウンドと福永を棒立ちにさせたラウンドもあった。それでも井岡は自分のボクシングを崩してまで倒しにはいかなかった。
「そういう甘い世界じゃない。そこに落とし穴がある。日本も世界も紙一重。そこを丁寧にやっているから勝てる。経験、技術では僕が上回っている。唯一怖いのは気持ちだけだった。気持ちさえ潰すと後は負けていない」
打っても打っても「倒せると思わなかった」と、福永が不安を抱えた時点で、井岡は勝利を確信していたのかもしれない。