ロマチェンコと戦った中谷正義が「進退をかけた」1年ぶり再起戦で76秒戦慄KO勝利…村田諒太の“魂(後援会)”を継承し世界へ
デラ・トーレは2019年10月に行われたOPBF東洋太平洋&WBOアジアパシフィックライト級王座決定戦で吉野修一郎(三迫)が1ラウンド2分10秒で倒した相手だった。
「意識はしていなかった。あのKOタイムを超えるのは無理だと思っていた」と言うが、「どうでした(タイムの速さ)?」と逆取材。中谷が54秒上回った。やはり、どこかで比較されることが気にはなっていたのだろう。
中谷はリングを降りると最前列で見守っていた村田諒太にお礼を言った。 実は、まだ正式発足はしていないが、引退する村田の後援会を中谷が引きつぐこととなり、試合前には、オンラインでの壮行会が開かれ、この日も、新後援会のメンバーが応援にかけつけていた。
村田の後援会の中心となっていた母校の南京都高(現・京都廣学館高)ボクシング部OBに、中谷と同じ近大ボクシング部OBの人たちが多く、なにより村田が、その後援会からの提案に「喜んで。僕からもお願いしたい。応援してあげて欲しい」と頭を下げた。
一度、引退した中谷に「もったいない」と声をかけたのは村田だった。
彼の紹介で帝拳に移籍することになったが、滅多なことでは、途中移籍を認めない本田明彦会長が、中谷の面倒を見ることにしたのは、一切、前所属ジムの愚痴や不平不満を口にしなかった、その性格にほれ込んでのこと。村田も同じジムメイトとして中谷と接する中、その練習姿勢に「見習う面が多かった」という。
「練習からいつも緊張感を持ってやっている。だから試合で練習以上のパフォーマンスを出せる。加えて、人のスパーリングを真剣に見る。体を動かして、オレが、この選手ならどうするか、というシミュレーションをしながら見てる」
世界のライト級でも、傑出しているサイズにプラスして、この生真面目さが、中谷の強さの秘密なのだろう。
もちろん目標は、後一歩まで近づいていた世界のベルトである。
「(世界戦を)できればいい。でもなかなか大きい世界なんでね。ライト級は」
この76秒KO勝利が、世界挑戦へのパスポートになったわけではないことを中谷も理解している。
彼が狙うライト級の世界のベルトは、この5日にWBC世界同級王者のヘイニーが、WBAスーパー、IBF、WBOの3団体統一王者のジョージ・カンボソス(29、豪州)の地元に乗り込んで判定勝利して4つにまとめた。ヘイニーは、当初、カンボソスと対戦予定だったロマチェンコが母国ウクライナがロシアに軍事侵攻されたことで志願して兵役に就き、リングに立てなかったための代役。ヘイニーの次期挑戦者として、ロマチェンコが待機しているし、おいそれとは出番は回ってこない。
だが、秘めた自信がある。
海外のボクシング事情に疎く、これまでも対戦が決まるまでロペスもベルデホも知らなかったという中谷は、技巧派のヘイニーが「好きなタイプじゃない」ことも手伝って、その4団体統一戦の映像も「ハイライトで10秒ほど見ただけ」だという。
「上手いですよね。アタックだけじゃ空回りさせられ敗れたカンボソスのようになる。粟生さん(トレーナー)に老獪さを教えてもらって自分に足りないところをプラスしていきたい。勝てる? いきますよ。スタイルの違う選手と3試合戦い、フィジカル的にも、何か劣っていると感じたことはない。ロマチェンコだけは苦戦しそうですが(笑)、準備していけば(ヘイニーにも)勝てると思う」
村田も言う。
「簡単な階級ではないが、ライト級はロマンのある階級。中谷には、そこでチャンピオンになれる可能性がある」
そのためには、ロマチェンコ戦で失った評価を取り戻すための厳しいマッチメイクをクリアしていく必要があるだろう。進もうとしている道は、イバラの道だが、地に足をつけて腕を磨きながら来るべき日に備えるという覚悟がある。その魂を継承する村田も、ゴロフキンとの歴史的一戦にたどり着くまで、どれだけの月日を数えたか。
「負けてから1年間やった練習は無駄じゃないと証明された。焦らずに次にチャンスが来るまで練習して、チャンスが来たときに勝てるようにしたい」
日本のリングは3年半ぶり“聖地“後楽園登場は実に8年5か月ぶりだった。
「海外では寂しかったので日本で日本人に応援してもらえて力をもらえた」
綺麗な顔をしてリングを降りた中谷は、その難関の階級の頂点を極めるために必要なエネルギーを充電できたようだった。 (文責・本郷陽一/論スポ、スポーツタイムズ通信社)