なぜ井上尚弥は判定濃厚の展開から11ラウンドKOで歴史的4団体統一に成功したのか…「オレを倒しに来たのじゃないのか?」
序盤は毎ラウンド観客を沸かせた。
立ち上がりから「勝敗のキーになった」という左ジャブで圧倒。2ラウンドには、もうパドラーのパンチも見極め、スウェーでひょいひょいと外し、ロープを背負わせ上下になんと高速の7連打。3ラウンドにもコーナーにつめ、ガードの上からでも腕が折れるんじゃないかというほど全力の右フックを3発。そして右ボディにも1発お見舞いした。4ラウンドもノーガードから高速ジャブの打ち分けでコントロールした。だが、バトラーは亀のようにガードを固めて、左右に動き、まったく前に出てこない。
「一度引こう。パンチは効いているはずだが、思った以上にタフだ。このままのペースで押し切ろうとすると終盤に持たなくなる」
インターバルで真吾トレーナーがペースダウンを指示した。
5ラウンドは、ほぼ左手1本でジャブだけを出した。筆者は右拳を痛めるなど何らかのアクシデントが発生したかと危惧したほどだった。6ラウンドはサウスポースタイルにスイッチまでした。だが、これは、真吾トレーナーの指示と、井上自身の直感力で決めた作戦だった。
「アクシデントではない。バトラーがしっかりと対策をしてきた。前半をしのいで、中盤、終盤勝負というのはわかっていた。だから戦い方を変えた。ぺースダウンして誘い出したり攻撃したりを戦いながら決めていった」
7ラウンドにはノーガード、“アリシャッフル“で、バトラーをあざ誘い、8ラウンドにはなんと両手を後ろで組んで顔を突き出した。
「挑発だった」
試合後、井上がそう明かす。
「倒されなければいいのか。何しに(日本に)来ているのか。(オレを)倒しに来たのじゃないのか。勝つ気があるのか?」
あまりの消極姿勢へのやりきれぬ怒りがあった。
「いらだってはいない。そういうボクシングをしてくることは重々承知していた。でもあまりに手を出してこない。引き出すためにも、ああいう形で挑発をした」
それでもバトラーは戦術を変えなかった。
山場が減り、序盤には「いつ終わるか」と身を乗り出していた会場からは「バトラー!カネ返せ」のヤジが飛ぶほど。
「煮詰まらなくていいよ。焦んなくていいから。コツコツ上下に打ち分けていこう」
真吾トレーナーは、そうアドバイスを続けた。
9ラウンドに右ストレートがアゴを捉え、10ラウンドにはロープにつめて左ボディがめりこむ。そして11ラウンドの鮮烈のフィニッシュ。ジャッジペーパーは10ラウンドまで3人全員が井上にフルマークをつけていた。
試合後、バトラーは井上の凄さを語り尽くした。
「映像との違いは感じず、井上は見た通りの動きをしていたが、パンチが思ったより強かった。パンチは正確でスピードも正確。その正確さやスピードがパワーにも跳ね返っている。アゴも打たれたがダメージはなかった、でも11ラウンドのボディが効いた。パンチは見えていたが、速すぎて反応が難しかった。ジャブをイン、アウトと打ち分け、ストレートも同じ。あまりにも速くて避けられなかった」
そして、こう続けた。
「守りを固めようと思ったわけではない。積極的に戦い、臆病だとは思われたくなかったが、倒されたんだ」
つまり前に出ようにも出られなかったのである。井上のすべてに支配されて守備的戦術を変えようがなかったのだ。
実は、バトラーは当初、井上戦を拒否した。まだ1度も防衛していないのにモンスターが相手では分が悪い。だが周囲がこのタイトル戦の意義を説き最後は覚悟を決めた。リング上で井上は、この試合を受けてくれたバトラーにリスペクトの言葉を送った。KO負けだけを避けるような試合のスタイルは醜かったが、このリングに上がった勇気は称えられるべきものだった。