日本人女性審判として初のW杯デビューを果たした山下良美氏が語る壮絶舞台裏「国を背負って戦う覚悟が選手たちの顔や雰囲気から伝わってきた」
大詰めを迎えているFIFAワールドカップ・カタール大会の審判団に女性として史上初めて、日本からは性別を問わずただ一人選ばれた山下良美さん(36)が15日、オンライン取材に応じた。グループステージの6試合で第4審判員を務めた山下さんは、役割を終えて9日に帰国。試合終了直後に険悪な雰囲気になったベルギー対モロッコやガーナ対ウルグアイを振り返りながら、主審を割り当てられなかった現実を「ここで終わってしまっては意味がない」と今後への糧として受け止めた。
「女性審判員が男性の試合を担当することが当たり前になるのが目標」
充実感と安堵感を同居させながら、山下さんはオンライン取材の第一声を発した。
「大会前からやるべきことを精いっぱいやってきました。大会を通じて人の心をこれだけ動かせるサッカーのすごさをあらためて感じて、より魅了されて帰ってきました」
ドーハ市内でトレーニングを積みながら出番を待っていた山下さんの名前が、国際サッカー連盟(FIFA)から初めて発表されたのは大会3日目の11月22日。割り当てられたのは翌23日に行われるグループFの初戦、ベルギー対カナダの第4審判員だった。
主審ではなかった。日本国内ではほとんど経験のない第4審判員。それでも山下さんは「身の引き締まる思いでした」と、モチベーションが一気に上がった当時の胸中をこう振り返った。
「今回のW杯への参加を、最初に聞いたときのような感覚でした。審判団の一人として、主審や副審をしっかりサポートしていい試合にする。そういう責任を感じていました」
同25日のイングランド対アメリカの第4審判員をへて、27日にはベルギー対モロッコの第4審判員を割り当てられた。結果は今大会の台風の目になるモロッコが、前回ロシア大会で3位に入り、最新のFIFAランキングで2位につける強豪ベルギーを2-0で撃破した。
物議を醸す場面は、試合終了直後に訪れた。
まさかの黒星に怒りが収まらなかったのか。真っ先に引き揚げてきたベルギーの守護神ティボー・クルトワ(30、レアル・マドリード)が、山下さんらが陣取る審判団用のベンチ脇を通り過ぎたときだった。ベンチ横のアクリル板に右拳を思い切り叩きつけたのだ。
山下さんはこのとき、クルトワを除いた両チームの選手のほとんどがまだ残っていたピッチ上で、誰が何をしているのかを微に入り細を穿ってチェックしていた。
「実際、私は自分の目で見てはいなくて、近くにいたマッチコミッショナーとともに音で気がついたんですけど。その後は第4審判員として、すべき対応をしたという感じですね」
気がついたときにはクルトワの姿はなかった。尋常ではない衝撃音の原因を確認した山下さんは、審判報告書に事実をしっかりと書き込んだ。クロアチアとの最終戦でもゴールマウスに立ったクルトワだが、チームはスコアレスドローの末にグループFの3位で敗退している。
山下さんにとって結果的に今大会で最後の割り当てとなった、2日のガーナ対ウルグアイのグループH最終戦後にもピッチ上が険悪な雰囲気に支配された。
後半アディショナルタイムの判定に不満を抱いたウルグアイのFWエディンソン・カバーニ(35、バレンシア)が、ピッチ脇にあるVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)のモニターを殴打。DFホセ・ヒメネス(27、アトレティコ・マドリード)ともに試合後に警告を受けた。
ウルグアイはガーナに勝利したが、韓国に総得点で及ばずにグループHの3位で敗退している。このときも第4審判員として、試合終了直後のピッチ上で起こっているすべてをチェックしていた山下さんは、ベルギー戦と合わせて自分が立っている舞台をあらためて痛感した。
「どの試合でも本当に国を背負って戦う覚悟のようなものが、選手たちの顔とか雰囲気から伝わってきました。やはりW杯という場所なんだと」