日本人女性審判として初のW杯デビューを果たした山下良美氏が語る壮絶舞台裏「国を背負って戦う覚悟が選手たちの顔や雰囲気から伝わってきた」
カタール大会で22回目を迎えたW杯には世界各国から計36人の主審が選出され、そのなかに山下さんを含めた3人の女性が歴史上で初めて名を連ねた。69人から成る副審のなかにも3人の女性が、もちろん初めて選出されている。
迎えた12月1日。女子W杯決勝だけでなく、男子のUEFAチャンピオンズリーグやW杯欧州予選でも主審を歴任。山下さんとサリマ・ムカンサンガさん(34、ルワンダ)を含めた3人の女性主審のなかでも先駆者的な存在だったステファニー・フラパールさん(39、フランス)がグループEの最終戦、コスタリカ対ドイツの主審を割り当てられた。
1930年に南米ウルグアイで第1回大会が開催されたW杯の長い歴史で、女性が主審を務めるのはもちろん初めてとなる。歴史に残る一戦では2人の副審も、ネウザ・バックさん(ブラジル)とカレン・ディアス・メディナさん(メキシコ)と女性が務めた。
3人の割り当て決定を聞いたとき、山下さんはウェールズ対イングランドの第4審判員を務めていた最中だった。カタール時間の午後10時キックオフの一戦とあってすぐに連絡を取れなかった山下さんは、一夜明けた30日に3人と直接会って思いを伝えている。
「心からおめでとうと伝えました。特にフランスのステファニーさんが笛を吹いたことは本当に嬉しかったですし、それによって可能性が広がったのを目の当たりにした思いだったので」
さらに4日のイングランド対セネガルの決勝トーナメント1回戦では、3人の女性副審のうち、キャサリン・ネスビットさん(アメリカ)が副審を務めた。次の割り当てに備えてトレーニングに余念がなかった山下さんは、刺激を受けるとともに今後への決意を新たにしている。
「まず今大会に私が参加できたこと、女性の審判員トリオがW杯の試合を担当できたこと、そして一人が副審として決勝トーナメントの試合を担当したことは、本当にこの先に繋がっていく、繋がっていってほしい、いや、繋がっていくべきことだと思っています。そして、ここで終わってしまっては本当に意味がないので、この先に継続していけるように私自身も頑張っていきたい」
山下さんのもとには最終的に、準々決勝以降の割り当てがないとFIFAから通達があった。初めて臨んだW杯で、計6試合で第4審判員を務めあげて9日に帰国した。
主審として選出されながら、実際に笛を吹けなかった現実への悔しさはもちろんある。日本人の審判員そのものが、前回ロシア大会に続いて主審を割り当てられていない事実も理解している。それでも最初の一歩を確実に、そして力強く踏み出せた手応えが山下さんを笑顔にさせる。
「この大会に参加する以上は、もちろん主審として笛を吹くことを目指していましたし、いまもその気持ちに変わりはありません。それでも第4審判員としての割り当てがくるたびに、いつ交代してもいいという準備を含めて、とにかくその試合に向けて、ということしか考えていなかったので、特に悔しさを感じるよりも自分に与えられた役割に集中していました」