なぜ井上浩樹は2年7か月ぶりの現役復帰戦をTKO勝利で飾ることができたのか…いとこの尚弥からの心に突き刺さった言葉とは?
バンタム級の前4団体統一王者、井上尚弥(29、大橋)のいとこで、元日本&元WBOアジアパシフィック・スーパーライト級王者の井上浩樹(30、同)が16日、後楽園ホールで約2年7カ月ぶりに復帰戦に臨み、スーパーライト級8回戦で、タイのライト級2位パコーン・アイエムヨッド(27)を2回38秒TKOで下した。漫画家へ転身した浩樹の復帰を後押ししてくれたのが、“モンスター”の言葉と大好きなアニメ映画のメッセージ。世界王者奪取を目標に掲げる浩樹は、敗れて引退の原因となったOPBF東洋太平洋スーパーライト級王者の永田大士(33、三迫)とのリベンジ戦を熱望した。
「アニメ見て決めたの?アホか」
後楽園ホールに1011人の「コウキコール」がこだました。
「ただいまって感じですね」
2年7か月ぶりの復帰戦でTKO勝利。
それが井上浩樹の復帰第一声だった。
「楽しかった。最後が無観客。お客さんに見てもらえる、という今まで当たり前だったことがどれだけ素晴らしいかを実感した」
引退を決断することになるショッキングなプロ初黒星を喫した2020年7月の永田戦は、新型コロナウィルスの影響で無観客試合だった。なおさら復帰の歓喜を噛み締めることができた。
圧巻のTKO劇だった。
4戦4勝4KOのタイのランカーを相手に1ラウンドからプレッシャーをかけ、「練習してきたパンチ」というミゾオチ付近を狙って正面から打ち込むボディアッパーを効かせると、続けて左ストレートで一度目のダウンを奪う。タイ人はゴングに救われたが、浩樹はスイッチオン。2ラウンドも続けてワンツー、ワンツー、ワンツーの乱れ打ちで、追い詰めると、ロープ際の攻防で左ストレートをクリーンヒットした。
それでも動きを止めないタイの国内2位ボクサーに「感触の残るパンチが顔に入った。これで倒れないのか」と思った。だが、ロープを背負い、体勢を変えようとして、それこそ瞬間的に反応で出した左のショートカウンターがアイエムヨッドのアゴを打ち抜いた。そのパンチは「感触がなかった」という。映像をスローで見直さないとわからなかったくらいの“見えないパンチ”。キャンパスにうつ伏せに倒れたタイ人は、その場でもがいたが立てなかった。
浩樹は派手に喜ぶこともせず笑顔もなかった。
「安心した。負けていたら連敗ですから。今まで一番練習を頑張った。それが報われなければどうしようと思っていた。喜んではいられない」
リングサイドでは、いとこの井上尚弥、拓真、そして真吾トレーナーが見守っていた。リングを下りると、浩樹は、すぐに尚弥のもとに駆け寄った。「とりあえず良かったね」と祝福されたという。
3年前の永田戦で7ラウンドに負傷TKO負けすると自分に限界を感じて引退を表明した。それまでも兼業していた漫画家への本格転身を決意して単行本も出版。尚弥の防衛戦会場では、自ら臨時の売り場に立って販売して本を購買してくれたファンにサインもしていた。
しかし、尚弥のサポートメンバーとして米国ラスベガスでの防衛戦に同行するようになり、眠っていた“ボクシング愛“が覚醒しはじめた。
その気持ちを尚弥に見透かされた。
「いつ復帰するの?漫画はいつでも描けるけど、ボクシングは今しかできないよ」
その言葉が心に刺さった。
それでも「引退と言った以上、そんなこと言われてもなあ」と逡巡している自分がいたが、昨年1月末に見た1本の映画が引退撤回の決め手となった。
“アニオタボクサー“を自称する浩樹が大好きな劇場版「BanG Dream! ぽっぴん’どりーむ!」。
「SAVE the DREAMというのがテーマの映画でした。今の自分にピッタリだと。その夜、食事の約束をキャンセルして走りに行きました」
翌日、尚弥に現役復帰を決意したことを伝えた。
「アニメ映画を見て決めたの?アホか」
尚弥流の最大級の応援エールだった。