亀田和毅が対戦相手の聴覚障がい発覚で試合中止の危機を乗り越えて“世界前哨戦”にTKO勝利…狙うはWBA王座と井上尚弥戦
10万円の豪華ソファ席に弟の大毅氏と共に座って見守っていた兄の興毅氏の声がATCホールに響いた。
「和毅!上下に」
環境を変えるために、兄のジムを去った和毅だが、やはり3兄弟に以心伝心するものがあるのだろうか。
5ラウンド。
左のフックから左のボディへの流れるような上下のダブルにタフなメキシコの世界ランカーが腰を折った。さらに左右フックから強烈なショートの左フック。カスティージョがよろけた。右で追い打ちをかけたところで、近藤レフェリーが試合をストップした。
カスティージョの鼻は大きく腫れ上がってはいたが、まだファイティングポーズを取って立っていたため、和毅は、一瞬、呆然。
「止めるのが早すぎたねえ。もう少しやりたかった」
実は、早すぎると思えるストップには理由があった。
カスティージョは、ほぼ両耳の聴覚がなかったのだ。
重大な問題が発覚したのは、前日計量でのドクターチェック。
本人は「聞こえる」と主張したそうだが、聴覚の反応がなかったため、JBCの安河内剛・特命担当事務局長が、専門医師の意見を聞くなどして緊急協議。突発的のものではなく、カスティージョは、ずっと昔からこの状況で試合を行い、34戦30勝(20KO)4敗の戦績で、WBAの世界13位にランキングされ、メキシコ・コミッションの認定もあったため、「身体能力や反応などは、健常者となんら変わらず、試合に関しての健康、安全面での支障がない」と判断されて試合は中止にならず許可された。ただ残り10秒を知らせる拍子やラウンド終了のゴングも聞こえないため、JBCからレフェリーには、「いつも以上に注意を払い、ゴング終了などはアクションで伝えてもらいたい」と、注意深くレフェリングすることが申し渡されていた。
和毅も前日に初めて知り「ビックリしました。JBCからは注意して欲しいと言われていましたが、それ(聴覚がない状態)でアマチュアから80戦以上もやって一度も倒れていない。さすが」と敬意を示した。
レフェリーからは、「4ラウンドが終わった時点でダメージがあり(5ラウンドの連打で)戦意がなかったので止めた」との説明があったというが、「パンチが当たり始めて、ここぞという時に止められた。きっちり倒したかった」のが本音だった。
ハプニングはまだあった。進行のドタバタで、18時の入場予定が15分遅れ、最終的に40分遅れた。リング上では、グローブがひっかかってガウンをなかなか脱げず、その際にテーピングがめくれて巻き直し。2ラウンドには、マウスピースを付けるのを和毅も、セコンドも忘れて飛び出して、途中で試合を止めて付けるミスも。
「緊張はなかったんだけど。なんかおかしかった」
自らが実質のオーナーとして天下茶屋にTMKジムを立ち上げての初戦。「いろんなプレッシャーがあったと思う」とは、和毅に誘われ、ジムの会長に就任した元協栄ジム会長の金平桂一郎氏だ。
眠れぬ夜を過ごした。スーパーバンタム級での世界挑戦を見据えて、本来のリミットより約700グラムオーバーの56キロ契約で試合をしたが、約10キロの減量は過酷だった。計量前の4日間は水分も含めた完全絶食。
「寝るのにも体力がいるから」
計量後のリカバリーでは5キロも体重が戻った。通常の増量は3キロ程度なのだが、過酷な減量の影響で体重が増えたのである。
「少し体が浮いて感じた。30という年齢もあるのかも。代謝も落ち、筋量も増えている」