井上拓真のWBA世界王座奪取の裏に兄の“モンスター“尚弥との友情物語…近くに成長するための最高の手本がいた
7ラウンド以降はジャッジの2人がフルマーク。激しい打撃戦もダウンシーンもなかったが、拓真は「勝利」に徹して最後まで、41歳の老獪なソリス“封じ”を愚直にやり通したのである。兄の尚弥は3年5か月ぶりに王座に返り咲いた弟のファイトを祝福した。
「井上家にベルトがト戻って来たことよりも勝てたことにホッとしている。拓真のボクシングが徹底できたし、勝てたことが合格点。今日、自分が言うことはそんなにないですよ」
ベルトを失ったのは、2019年の11月。兄の尚弥がWBSSの決勝でノニト・ドネア(フィリピン)に勝ち、世界中の話題を集めた、あの試合のセミファイナルだった。当時WBC世界バンタム級の暫定王者だった拓真は、正規王者のノルディ・ウバーリ―(仏)に4回にダウンを奪われ、終盤に盛り返したが届かず、判定負けを喫した。あの敗戦が拓真を変えた。
「負けてから自分自身のボクシングを見つめ直した」
スパーリング相手を骨折に追い込むほどのパンチ力があり、潜在能力は、兄の尚弥にも、ヒケを取らないのに、それがリングで形にならない。
父の真吾トレーナーは愛情を持ってハッパをかけ続けてきた。
「尚(弥)に比べてすべてにおいて甘いんだ?わかるか」
例えば合宿中のトレーニング。兄の尚弥は、ランニングの走り方、フィジカルトレーニングの器具の使い方の動きひとつ取ってもすべて正しいフォームを守って正確に丁寧にこなす。
「適当にやる1回と、尚みたいに正確にやる1回。それが差につながるんだぞ」
拓真は、ボクシングにかかわるすべてをひとつひとつ見直した。無意識のうち適当にやってしまっていたことを意識的なものに変えたのだ。
近くに「人生で一番強かった相手。すべてにおいて尊敬できる超一流。練習量、質、そして強い相手と戦って倒してきている。スゲエなと思うし、自分は、まだまだと思い知らされたりする」と、尊敬する兄という最高の手本がいるのだ。
拓真は再起すると、OPBF東洋太平洋バンタム級王者の栗原慶太(一力)、世界挑戦経験のある和氣慎吾(FLARE山上)、日本スーパーバンタム級王者の古橋岳也(川崎新田)ら国内の強豪を次々と撃破。「再起から国内強豪と戦い、そのキャリアで成長できた」という。
兄の尚弥も、その拓真の成長を近くで見てきた。
「ボクシングもそう。気持ち面でも成長を感じる、自分がやらなきゃいけないこと、必要なことを、より考えながら日々過ごせている。ボクシング技術が急激に上がることはないけれど、ひとつひとつボクシング含めて成長している」
拓真のゴールはここではない。