新チャンプ井上尚弥が明かす劇的TKO秘話…「フルトンには最後まで“シカト”された」
4ラウンドからは、わざとペースダウンした。
「若干ブレーキをかけつつ前に行った。ぐいぐい行っていたら(ステップワークを使われ)フルトンのペースになる」
ポイントを取られていると焦るフルトンは、その“誘い”に乗って前へ出始めた。
真吾トレーナーは、5ラウンドを終えたインターバルで、戦前に用意していた作戦とは、正反対の指示を出した。
「ポイントを取っていたことはわかった。じゃあフルトンのホールディング(クリンチ)につきあえばいい。ポイントを取られている展開でのホールディングは取り返せなくなるのが怖いが、あえてくっついていけばいい」
クリンチ対策もフルトン攻略のポイントだった。
1ラウンドでは、ふりほどくことと同時に至近距離からでも強引にショートフックを浴びせ続けることで対処した。そのフックが後頭部に当たったため、レフェリーに注意を受けたが、フルトンは、これまでの試合のようにクリンチでコントロールすることができなくなっていた。対策は十分だったが、ここに気をとられると無駄にスタミナを消耗する。しかも、1ラウンドから4ラウンドのポイントは、井上が取っている。フルトンはクリンチをしている場合ではなかった。ならば、あえて、クリンチにつきあい、フルトンの攻撃時間をつぶしてしまおうという狙いの指示である。
8回のフィニッシュブローの布石となった左のボディジャブも、フルトンの距離を意識した秘策のひとつだった。
「ロングレンジの戦いになることはわかっていた。だからボディジャブ、ボディストレートを使った。自分の距離感で戦えるから」
フルトンとのリーチ差を埋める手段として選んだのは、より深いステップインが必要となる得意のボディアッパーではなくボディジャブだった。
8ラウンドに1度目のダウンを奪ったのは、左のボディジャブから右ストレートを効かせ、最後は、ロケットのように空中に飛びあがる左フックだった。
フルトンは、その左のボディジャブが「見えなかった」と振り返っている。
試合後、フルトンは、しばらくリングを去らなかった。
「なんのためにいるのかな。何かが気に食わないのか、またいちゃもんでもつけてくるのか」
井上は、その態度を不審には思いつつも健闘を称えようと近づいた。
しかし、無視された。
「最後まで“シカト”されていた(笑)。リング上で(声をかけにいったが)目も合わさない。じゃあ、もういいやと」
控室で解説をしていた元WBA世界ミドル級スーパー王者、村田諒太の祝福を受けて話をしている途中にフルトンが近くを通りかかった。また無視しかけたが、村田が呼び止めると、近づいてきた。それでも「しょうがねえな」という態度で「ありがとう」と短く言っただけだという。
「ふざけんなよ、ですよ」
自信満々で日本に乗り込んだフルトンからすれば、キャリア初のTKO負けが、よほどショックだったのだろうが、ノーサイドの精神を忘れた態度はいかがなものか。井上は「フルトンの察知能力、対応力が高かった」とリスペクトしていた。後味の悪いモヤモヤした気分になるのも当然だろう。「察知能力、対応力は高かった」とリスペクトしている。世界ベルトは個人所有で、井上は、フルトンの2つのベルトをリング上では掲げたが、記者会見前にすぐにフルトン陣営が回収にきたという。