“世陸”男子マラソンでメダルに迫った山下一貴はパリ五輪でリベンジを果たすことができるのか…日本の本当のレベルと懸念される代表選考レースMGCへの影響
一方で山下の走りは世界大会での〝可能性〟を感じさせるものがあった。ただし、東京五輪で6位入賞を果たした大迫傑(Nike)のようにもっと冷静に戦うべきだっただろう。2時間5分台後半の選手が少しくらいペースを上げても、2時間2~3分台の選手は何も感じない。
山下が一度も前に出ず、レース中盤以降も集団後方でじっくりとレースを進めていれば、脚へのダメージはもう少し軽減されていたはず。集団を揺さぶる必要はまったくなかった。攻めの走りは最後の最後までとっておくことができれば入賞に手が届いたかもしれない。
今大会はケニア勢がメダルを逃したが、4月のロンドンを世界歴代2位の2時間1分25秒で制した23歳のK.キプトゥム、同2位のJ.カムウォロルは秋のマラソン参戦を理由に代表を辞退している。世界トップクラスの選手のなかには、2年に一度の世界選手権よりも、秋のメジャーレースで〝稼ぐ〟ことを優先する者が少なくない。世界選手権よりも、オリンピックの方が参加者のレベルは高くなる。今回の山下のような戦いが通用するとは限らない。
そもそも山下がパリ五輪の代表キップを無事に獲得できるのかも不透明だ。今大会の日本代表3人はパリ五輪代表選考会のマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)に出場予定。しかし、10月15日の決戦まで7週間弱しかないからだ。
山下は当初からブダペスト世界選手権とMGCの両レースに出る前提で準備をしてきたが、これまで夏マラソンを走った経験がない。そのダメージを今回初めて知ることになる。また海外レースも初めてだった。未経験の疲労だけに想定以上にリカバリーの時間を要する可能性がある。MGCに向けて、どこまで準備できるのか。
現在26歳の山下は年齢を考えると、パリ五輪の次の2028年ロス五輪も十分に狙えるが、本人は「今頑張ることしかできない」と話している。
ブダペスト世界陸上の経験を来年のパリ五輪に生かすことができるのか。いずれにしても、今回の日本勢のレベルでは、パリ五輪のメダルはもちろん、入賞も簡単ではない。より強いランナーを日本代表として送り込む必要があるだろう。五輪のメダル獲得に向けては茨の道が待っているが、それを乗り越えての快挙を期待せずにはいられない。
(文責・酒井政人/スポーツライター)