「気持ちを切らずに相手の心を折った」井上尚弥が激賞した“いとこ”井上浩樹の劇的逆転TKOでのWBOアジア王座奪取
プロボクシングのトリプルタイトルマッチが組まれた「フェニックスバトル103」が30日、後楽園ホールで行われ、WBOアジアパシフィック・スーパーライト級王座決定戦では、WBC&WBO世界スーパーバンタム級王者の井上尚弥(30、大橋)の“いとこ”である井上浩樹(31、同)が、同級2位で11戦10勝(6KO)1敗の“未知の強豪”アブドゥラスル・イスモリロフ(26、ウズベキスタン)と対戦、8回にダウン寸前の絶体絶命のピンチを迎えたが10回に劇的な逆転TKO勝利で王座に返り咲いた。井上尚弥も「浩樹の気持ちが最後まで切れずに相手の心を折った」と絶賛する魂のファイトだった。
「昔の自分ならズルズルと負けていた」
「心が折れかけていた」
8ラウンド。井上浩樹はアマボクシング大国ウズベキスタンからの刺客に猛ラッシュを仕掛けられた。左ボディを効かされ、右ストレートをまともに浴びた。「倒れるパンチではなかった」というが、防戦一方。イスモリロフが打ち疲れた終盤に数発を打ち返したが、もう青息吐息である。
最前列で見守っていたコーナーに井上尚弥が来てハッパをかける。
「相手も疲れている。あきらめるな」
井上浩樹は、今回の試合のテーマを「過去の自分は気持ちが弱かった。気持ちが強くなったところを見てもらいたい。それをリングで証明したい」としていた。
2020年7月の日本スーパーライト級タイトルマッチで当時王者の井上浩樹は、永田大士(三迫)に7回負傷TKO負けしてベルトを失い、翌日にSNSで引退を表明した。度重なるケガや古傷に泣かされて満足に練習を積めず、自信という名の気持ちを作れないままリングに上がり、永田に気持ちで負けた。今年2月に引退を撤回し、再起2戦目に巡ってきたタイトル戦に、その昔の自分との決別を誓っていた。
「練習がきつくなるとジムに来なくなる」が、井上浩樹の定番だった。だが、昨年11月からロンドン五輪のウエルター級代表だった鈴木康弘トレーナーとタッグを組み、どれだけハードなトレーニングを積んでも、さぼらずに翌日にジムに顔を出すようになった。
「浩樹が毎日来るのは珍しい」と他のトレーナーや選手が不思議がるほどの変貌ぶりだった。
週に一度の専門家の施術による体のケアを怠らず、何より井上尚弥が声をかけて専属トレーナーに就任してくれた鈴木トレーナーへの感謝と「鈴木さんに喜んでもらいたい」との気持ちが、井上浩樹を別人に変えたのである。
「ナオの言葉が力になった。昔の自分ならズルズルと負けていたと思う。でも、頑張ってきたことが頭に浮かんだ。ブレイクスルーするんだと言ったじゃないかと。吹っ切れた。だから前へ出れた」
絶体絶命のピンチから一転、9ラウンドに前へ出た。ロープを背負わせて強引に右フック、左ストレートを叩き込む。気持ちが出たラウンドだった。ウズベキスタン人はクリンチで逃げるのが精いっぱい。そして10ラウンド。1500人を超えるファンで埋まった後楽園ホールを包んでいた悲鳴が、熱狂の歓声へと変わる。
井上浩樹が大逆襲。コーナーに追い込み勝負に出た。右のボディを効かせてからの強烈な右のフック。たまらずイスモリロフは膝をついた。
「もう終われよ」
そう願ったが、すぐに立ち上がりしかも反撃してきた。
「まだ打ってくるのかと思った。でも自分のパンチは強いんだ、相手が嫌がっている、と自分に言い聞かせて(ウェルター級の4団体統一王者)テレンス・クロフォードになったつもりで前へ出た。絶対負けないぞと」
右フックの強打を振り抜き2度目のダウン。
だが、ウズベキスタン人は、またもや立ち上がっていた。その姿には場内からは拍手が送られた。魂と魂がぶつかりあった激闘にピリオドを打ったのは井上浩樹の右フック。3度目のダウンを喫したイスモリロフにレフェリーはTKOを宣告した。
新王者はコーナーに駆け上がり思い切り吠えた。満場の“聖地”に「コウキコール」が沸き起こった。
「めちゃくちゃベルトが重い。泣いている人がいたり、みんながかけてくれる言葉が違っていた。有言実行。頑張って良かった。隠されていたもの(能力)が出せた。そこが収穫だった」
井上浩樹の顔は傷だらけだった。