MGCで優勝してパリ五輪男子マラソン代表に内定した小山直城っていったい何者?東農大時代にチームは箱根駅伝出場なし
男女のパリ五輪代表選考会「マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)」が15日、東京国立競技場発着の42.195kmコースで雨が降る中で行われ、男子では小山直城(27、Honda)が2時間08分57秒で優勝、2位には2時間09分06秒で赤﨑暁(25、九電工)が入り、この2人がパリ五輪代表に内定した。また3位には東京五輪で6位入賞の大迫傑(32、Nike)が入ったが、内定には至らず来年3月までの対象3レースで2時間5分50秒以内で走るランナーが出てこなかった場合に大迫が代表となる。
川内が大逃げの波乱レースを制する
暑さとペースメーカー不在のため、スローペースが予想されていたマラソングランドチャンピオンシップ。しかし、雨天となったこともあり、男子は川内優輝(あいおいニッセイ同和損保)が飛び出して、想定以上の〝高速レース〟になった。
川内が35.2㎞で集団に吸収されると、トップ集団は7人。38㎞付近から先頭に立ったのが小山だった。ほどなくして、堀尾謙介(九電工)、井上大仁(三菱重工)、作田直也(JR東日本)が苦しくなり、川内、赤﨑、大迫もついていけない。
「自分が仕掛けたラスト3㎞くらいから集団の動きが鈍くなってきたので、一気に行こうかなと思いました」
39㎞までの1㎞を2分58秒まで引き上げた小山は攻撃の手を緩めない。ライバルたちを引き離していく。残り3㎞を独走。最後は強い雨のなか国立競技場のトラックを駆け抜けて、笑顔でフィニッシュテープに飛び込んだ。
小山が2時間08分57秒で優勝、赤﨑が2時間09分06秒で2位。2人がパリ五輪代表に内定した。3位は大迫で2時間09分11秒、4位は川内で2時間09分18秒だった。
今回のMGCは注目選手が次々と代表争いから脱落した。男子マラソン日本記録保持者の鈴木健吾(富士通)は11.9㎞で途中棄権。今年の東京マラソンで2時間5分台をマークした山下一貴(三菱重工)と其田健也(JR東日本)はブダペスト世界選手権のダメージもあり、山下が32位に沈み、其田は途中棄権した。日本歴代8位の2時間6分35秒を持つ細谷恭平(黒崎播磨)は28㎞手前で転倒すると立ち上がることができなかった。
その波乱のレースを制したのが小山だ。プレスルームでも、小山は何者? という声がチラホラ聞こえたほど、今回のレースでは完全に「伏兵」といえる存在だった。
筆者は小山の大学陸上部の先輩にあたるため、彼のことは東農大の入学前から知っていた。そこで、小山直城は何者なのか、ご紹介したい。
小山は1996年生まれの27歳で、世代でいうと塩尻和也(富士通)と同学年。鈴木健吾(富士通)の1学年下で、箱根駅伝2区で名勝負を演じた相澤晃(旭化成)と伊藤達彦(Honda)の1学年上になる。
しかし、小山の箱根駅伝を覚えているファンは少ないだろう。2年時に関東学生連合の一員として4区を走り、区間10位相当だった。それが唯一のキャリアで、チームとしては一度も箱根駅伝に出場していないのだ。小山は松山高3年時の全国都道府県駅伝(15年)に埼玉チームで出場。憧れていたという設楽悠太(当時・Honda/現・西鉄)からタスキを受け取ると、4区で区間賞を獲得して、Vメンバーになった。
東農大では関東インカレの活躍が最も印象に残っている。1年時に2部5000mで5位入賞。4年時(2018年)は2部10000mで5位(日本人2位)に食い込むと、5000mでは日本人トップ(全体2位)に輝いた。
特筆すべきは、小山は陸上だけではなく、勉強面でも頑張っていたことだろう。応用生物科学部醸造科学科では9時30分から17時30分まで研究を続けながら競技に取り組んだ。
大学時代はチームとして学生三大駅伝に一度も出場できなかったが、Honda入社後は実業団駅伝で大活躍を見せている。
ニューイヤー駅伝は4年連続で出場。入社1年目から2年連続で1区を担うと、区間3位、同5位と好スタートを切っている。昨年は3区で9人抜きを演じてチームの初優勝に貢献。最長4区を担った今年はトップと25秒差の3位でタスキを受けとると、12秒のリードを奪って、連覇の立役者となった。