「采配を不安視する声も多かった」なぜ高校サッカー界の名将は異例の転身1年目でFC町田をJ1に昇格させることができたのか?
補強には黒田監督の意向も反映された。
例えばセンターバックには高さと強さが、前線には圧倒的な個の力が求められた。J1の横浜F・マリノス時代に41試合出場で21ゴールをあげたブラジル出身のFWエリキ(29、前・長春亜泰)、オーストラリア代表としてカタールW杯でゴールを決めたFWミッチェル・デューク(32、前・ファジアーノ岡山)の獲得には怨嗟の声が上がったほどだ。
シーズンが開幕すると、堅守速攻や球際の激しさを含めたハードワーク、敵陣に攻め込んでからは青森山田高の十八番だったロングスローを徹底する武骨な戦いが奏功する。ベガルタ仙台との開幕戦を0-0で引き分けると、ザスパクサツ群馬との第2節からは5度の零封を含めた6連勝をマーク。第10節からは一度も首位を譲らずに悲願を成就させた。
しかし、藤田社長を驚かせたのは黒田監督のもうひとつの力だった。
「リーダーとしての監督の手腕を見ていると、極端な話、サッカーではなくてウチのグループ会社の社長を務めても結果を出しそうだと感じている。まるで経営者のようなマネジメント力に加えて、言語化する能力の高さに感心させられます」
年間42試合を戦う長丁場のJ2戦線を勝ち抜く上で見逃せないマネジメントが、リーグ戦を7試合ずつ6つのタームに分け、それぞれで勝ち点15ずつをゲット。トータルで90ポイントを積み上げ、J1へ自動昇格するという共通目標だ。
短期目標と長期目標が巧みに組み合わされているだけでなく、勝ち点15ポイント以上を手にすれば次のタームで余裕が、15ポイントを下回れば同じく危機感が芽生える。第1タームで「19」を稼いだ町田は、続く第2タームで「11」と落ち込むもトータルは「30」で目標をクリア。この余裕が第3タームの「16」、第4タームの「14」につながった。
今シーズンのキャプテンを選ぶ上で実施された選手間投票も選手たちを驚かせた。選手一人につき2人までを、キャプテンに推す詳細な理由とともに書き込む。オフに19人もの新戦力が加入し、顔ぶれが大きく変わったチームをできるだけ早くまとめ上げようと、開幕前のキャンプが大詰めを迎えた段階で黒田監督から提案されたものだ。
クラスの学級委員選出にも通じる手法。今シーズンのキャプテンに選出された、在籍7年目のDF奥山政幸(30)は、黒田監督の意図をこう推し量る。
「選手たちに信頼され、担ぎ出された選手が、チームの先頭を走っていくのがいいんじゃないか。そういった監督の判断だったと思います」
指導力、という言葉に対して黒田監督はこう言及した。
「他の(Jクラブの)指導者が持っていないものをあげるとすれば、教員生活をここまで長く務めてきたこと。伝えることに対しては自分のなかでもすごく自信を持っていたし、言いたいことだけを言うとか、自分の美学を伝えるのではなく、伝えてすぐに理解させて実践させる、という点にこだわり続け、いろいろな言葉をチョイスしながらここまできた」