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劇的ドローで16年ぶりにJ1昇格を決めた東京ヴェルディ。城福監督とキャプテンのMF森田晃樹(右)が共にボードを掲げ歓喜の雄叫び(写真・アフロスポーツ)
劇的ドローで16年ぶりにJ1昇格を決めた東京ヴェルディ。城福監督とキャプテンのMF森田晃樹(右)が共にボードを掲げ歓喜の雄叫び(写真・アフロスポーツ)

なぜ「毎年のように主力が流出してきた」東京Vが16年ぶりのJ1昇格を果たすことができたのか?

 昨シーズンは9位だったから無理もない。しかし、ヴェルディにとっては4年ぶりのひと桁順位であり、何よりもドラマの序章は昨年6月に幕を開けていた。
 FC東京の監督を2度務め、ヴァンフォーレ甲府やサンフレッチェ広島、年代別の日本代表も率いた経験を持つ城福監督の就任。2021シーズンのオフにもオファーを受けた指揮官は、一度は断りを入れている。「自分がヴェルディに行けるわけがない」と。
 ヴェルディとFC東京は、ともにホームタウンを東京に置くライバル関係にある。そして、FC東京色が極めて強い自分は、とてもじゃないが歓迎されない。こう考えていた城福監督は、再び届いたラブコールに心を動かされ、そして覚悟を決めた。
「結果を出さなければ、おそらく『あそこ(FC東京)から来たからだろう』と言われると覚悟していた。しかし、このクラブがJ1に上がれば、必ずJリーグも盛り上がる。それに寄与できると思ったし、何にもましてヴェルディですから。このクラブがもう一度日本一を争えるようになれば、こんなに素敵なストーリーはないと思ったからです」
 富士通サッカー部(現川崎フロンターレ)を28歳で引退した後は、しばらく社業に専念していた城福氏は30年前の1993年に、業務命令で同部コーチに就く形でサッカー界に戻った。ちょうどJリーグが産声をあげた年であり、カズ(三浦知良)らラモス瑠偉、武田修宏、北澤豪らのスターを擁するヴェルディ川崎が華やかなスポットライトを浴びていた。
 日本サッカー界の悲願だったプロ時代をけん引したヴェルディは、1993、94シーズンとリーグ戦を連覇。ヤマザキナビスコカップ(現YBCルヴァンカップ)は1992シーズンから3連覇し、1996シーズンには天皇杯も制して黄金時代を築いた。
 しかし、1998シーズン後に読売新聞社とよみうりランドが経営から撤退。2001シーズンからはホームタウンを東京都に移し、味の素スタジアムを本拠地にするも低迷が続き、2005シーズンには初めてJ2へ降格。2008シーズンにJ1復帰を果たしたが1年で再降格。以後はJ2から抜け出せず、2014シーズンは20位、2016シーズンには18位に低迷した。
 その間の2009年9月には日本テレビまでが経営から撤退。翌2010年には経営危機に直面し、一時はJリーグが運営した時期もあった。同年からメインスポンサーを務めてきたゼビオホールディングスが2020年の年末に出資比率をアップ。ヴェルディが同社の連結子会社となるともにフロントが一新され、いま現在に至っている。
 しかし、経営体制が変わっても、編成や補強を含めた運転資金が潤沢にあるわけではない。むしろその逆で、J2全体でも中位程度の規模で推移してきた。城福監督も清水戦後の会見で「去年の冬の移籍獲得合戦から正直、全戦全敗だった」と明かす。
 新戦力の補強で後塵を拝しただけではない。金の卵を輩出してきた伝統のアカデミーは健在ながら、主力として一本立ちするやいなや他のクラブに引き抜かれるケースが相次いだ。クラブ側も生え抜きの若手選手を放出して得られる移籍金を補強資金にあててきた。指揮官は清水戦後に「このチームは毎年主力が流出する」とも語っている。

 

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