「オレなんかよりも坂間叶夢という素晴らしいボクサーがいたことを忘れないで欲しい」 急逝した後輩に捧げる2冠ドロー防衛に号泣した井上岳志が伝えたかったことは?
この日の試合に向けてトレーニングを積む坂間選手の姿を見て、井上は「減量がきつそう」と感じていた。
実際、20歳の坂間選手は、体が成長しライトフライ級の戦いは限界に近づいていた。前戦の12月26日から試合間隔が短く、その試合では拳を痛め、3月上旬のロードワーク中に足を痛めて、減量がさらに難しくなり、そこに体調不良が重なり計量前日に試合キャンセルを申し入れていた。
「前にも(試合後に食事に)行ったんですが、試合が終わって何を食いに行くか?って。それが叶わないで終わっちゃったんで。(坂間選手は)天国にいると思う。あんなに頑張っているんでね。(僕も)天国に行って、その約束を果たせれば…。減量が終わってくだらない話のできた数少ない後輩だった。でも、彼の心の支えになってやれるわけじゃなかった。しょうがない」
この試合が終わって一緒に食事に行くという約束を果たせなかったこと、そして試合をキャンセルしたことで自分を追い詰めた坂間選手の支えになれなかったことを井上は悔やんだ。
「しっかりしていた。あいつは大丈夫だと、思っていた部分が(坂間選手を)追い詰める形になった…その反省はすごくある」
井上はそう言って坂間選手の命を救えなかった自分を責めた。
苦戦だったが2本のベルトは守った。世界再挑戦の可能性は残した。
坂間選手の夢は世界ベルトの奪取だった。
――その夢をあなたが受け継ぐのか?
「それを彼が望むか…そういうタイプの子ではなかった。自分のことは自分、とハッキリしているところが好きだった。ただ彼に恥ずかしくない生き方をする。彼は命を張ってリングに上がっていた。彼のためにも悔いの残らないように生きようと思った」
井上は、そう言って何度も涙をタオルで拭った。
坂間選手の父の一平氏はSNSで急逝するに至った経緯を少しずつ明らかにしているが、齊田会長は、17日の午前中に死去の連絡を受けて以降、遺族と話ができていない。詳細についても把握しきれておらず、JBCにも報告できなかった。
「今後、ご家族と会います。詳細の発表?それは、ご家族に確認しないと、私が発信することはできない。『こう言いますが、どうですか?』と(遺族に)お伺いを立てないと…。悲しいのはご遺族。私が余計なことはできない。今日はそこまでしか言えない」
輝く未来を約束されていたボクサーの尊い命を無駄にしないためにも、齊田会長の言う通り、遺族の意思を最優先にした上で、何が起きたかの詳細を明らかにしなければならないだろう。
(文責・本郷陽一/RONSPO、スポーツタイムズ通信社)