「もう左手がダメになってもいい覚悟があったのではないか」パリ五輪卓球女子シングルス銅メダルの早田ひなが「今は金メダルよりうれしい」と号泣した理由とは?
パリ五輪卓球の女子シングルス3位決定戦が3日、パリ南アリーナで行われ、世界ランキング5位の早田ひな(24、日本生命)が同8位のシン・ユビン(20、韓国)を4-2で破って銅メダルを獲得した。準々決勝で左前腕を負傷した早田は、開始5分前に痛み止めの注射を打って強行出場。第1ゲームこそ奪われたものの、第2ゲームを13-11、第3ゲームを12-10とともにゲームポイントを握られる劣勢から逆転して連取。流れを奪い返した末に手にした銅メダルに「いまは金を取るよりもうれしい」と号泣した。
左手の前腕部に痛み止め注射
ぬぐっても、ぬぐっても涙があふれてくる。
シン・ユビンのリターンがネットに弾かれ、勝利が決まった瞬間に、早田は右手でガッツポーズを作りながらうずくまって顔を覆った。敗者と抱擁をかわし、お互いを称え合った直後にはそのままテーブルにもたれてまた泣いた。
試合を通して温和な笑みを絶やさず、愛弟子を鼓舞し続けた石田大輔コーチ(44)と抱き合ったときにも涙腺が決壊した。2014年から早田を専属で指導してきた石田コーチのインスタグラムへの投稿が、早田に起こった奇跡を物語っていた。
<本当に本当に本当に、残り5分まで、最後まで諦めなかったから!みなさん本当にありがとうございました!ひな最高に素晴らしい選手だ!>
3位決定戦の開始まであと5分という瀬戸際で、一世一代の賭けに出た。1日のピョン・ソンギョン(23、北朝鮮)との準々決勝を制した際に痛め、2日の孫穎莎(23、中国)との準決勝でストレート負けを喫する要因にもなっていた利き腕の左手の前腕部に、ドクターに頼み込んで痛み止めの注射を打った。
両方の目を赤く腫らせて臨んだ、銅メダルを獲得した直後のフラッシュインタビュー。早田は「どんぴしゃにはまった」と注射の効果に感謝している。
「おとといの試合で左腕を痛めて、昨日はそのギャップで、自分に起こった現実を受け入れられないままプレーしていました。今日も練習のときは同じような感じでしたけど、ドクターに注射打ってもらって、もしかしたらいけるかも、という感覚まで戻ってきた。あとはもう自分を信じて最後まで戦いました」
準決勝で患部をぐるぐる巻きにしていた黒いテーニングを、ベージュ色のそれで覆って臨んだ3位決定戦。具体的にどのように変わったのか。早田が続ける。
「試合の5分前までは、自分に出せる100パーセントの力のうち、20パーセント、30パーセントの力を出しながらどう戦うか、という感じでした。それが自分の感覚が100パーセントくらいに戻ってきて、あとは後悔しないように戦おうと」
現役時代は日本代表のエースとして活躍し、1992年のバルセロナ五輪から4大会連続で五輪に出場している松下浩二氏(56)は、開始直前に痛み止めの注射を打ち、医療チームも待機させながら戦った早田の状態をこう推察する。
「僕も現役のときに何回も痛み止めの注射を打った経験がありますけど、あまりいいことではないですよね。それだけ痛みがひどかったと思いますし、この試合にかける強い思いで打ったはずです。だた、リスクは絶対にあります。確かにこの試合中における痛みは消えますけど、反動というか、終わった後に再び痛みが出てくると思うので。その意味でいえば、この試合に勝てるのであれば、ちょっと変な言い方にはなりますけど、もう終わってもいい、といったような覚悟が早田選手のなかにあったと思います」