なぜ東京五輪金の“無敗女子レスラー”須崎優衣がパリ五輪1回戦で世界65位の伏兵に敗れる波乱が起きたのか…「負けない試合に執着しすぎた」元金メダリストが分析する敗因
パリ五輪の女子レスリング50キロ級が6日、シャンドマルス・アリーナで行われ、東京五輪金メダリストの須崎優衣(25、キッツ)が1回戦で世界ランキング65位のビネシュ・ビネシュ(29、インド)に敗れる波乱があった。須崎は2014年に国際大会でデビューして以来24連勝、外国勢には94連勝と負け知らずとパリでの連覇が有力視されていた。ビネシュが決勝進出を決めたため、今日7日の敗者復活戦に出場できることになり銅メダル獲得の可能性が残された。
残り10秒に待っていた悪夢
残り10秒…まさかの悪夢が待っていた。
2-0でポイントをリードしていた須崎がビネシュにタックルを仕掛けられた。体勢を変えたが、倒されてバックを取られた。腹ばいになってディフェンスの姿勢を維持している間に無情の試合終了のブザー。
2-2と同点だったが、その場合、一度に2点以上のビッグポイントを獲得した選手が勝ちというルールがある。須崎は1点ずつ、ビネシュは一気に2得点だった。
須崎は正座したまま呆然。目はうつろだった。
日本のセコンドからチャレンジの要求があり、映像が確認されたが判定は覆らず、チャレンジ失敗のポイントが加えられ、結果的には2-3で須崎の敗戦が確定した。レフェリーが勝者の腕を上げるのを見届けた後、須崎はマットから降りてTV中継用インタビューに、いつものハキハキとした口調で話し始めた。
「このオリンピックは私だけの夢じゃなかったので……」
ここまで言うと、声をあげて泣いてしまうのをこらえようとして、次の言葉を出すことができない。数秒の後、涙をうかべて会場に家族、職場の皆さん、友だちなど多くの人が来てくれていたと話し「本当に申し訳ない」と繰り返した。
「相手の戦術にうまくはまってしまいました。行ききれませんでした。負けパターンにはまってしまいました。まだ(気持ちの)整理ができていません。プレッシャーは感じていませんでした。マット上では(負けが)現実なのか分かりませんでした。今の私はオリンピックチャンピオンになる器じゃありませんでした。何が足りなかったのか。見つめ直してまたいつかチャンピオンになりたいです」
対戦相手のビネシュは、インドの女性選手として初めて3大会連続の五輪出場を果たしたレスラーで、2022年の世界選手権で銅、昨年のアジア大会では金メダルを獲得している世界65位の伏兵だった。
須崎は女子レスリング界の“レジェンド”吉田沙保里氏や伊調馨氏の名前をあげて「五輪の3連覇、4連覇をしたい」と公言していた。彼女だけでなく、レスリング関係者の誰もが、2014年の国際大会デビュー以来、無敗を続ける須崎にその可能性があると信じていた。それだけにあまりにもショックが大きかった。
なぜ須崎が初戦で敗れる“番狂わせ”が起きたのか。
ソウル五輪フリースタイル48kg級の金メダリストの小林孝至氏は、「初戦の難しさにつかまってしまった」と分析した。
「強い選手、チャンピオンが負けるときは決勝戦、と思われるかもしれませんが、実際には初戦、1試合目のほうが難しくて落としやすいのです。現役時代の私も、負けるときは初戦ばかりでした。勝たなくてはいけないという気持ちばかりが募り、負けない試合をしなくては、となってしまい、マットへ上がっても、寝起きのように体のエンジンがかかりきらない。身体的なことよりも精神的な問題で悪い結果を招いてしまうのです」