なぜ東京五輪金の“無敗女子レスラー”須崎優衣がパリ五輪1回戦で世界65位の伏兵に敗れる波乱が起きたのか…「負けない試合に執着しすぎた」元金メダリストが分析する敗因
須崎は、試合開始直後から動きが鈍く、まるで別人だった。東京五輪では動き続け、攻め続けたが、そのスタイルとはかけ離れていた。慎重に取り組もうという意図があったのかもしれないが、ビネシュと組み合ったまま動きが少なかった。
それでも五輪金メダリストで世界チャンピオン、海外勢に負けたことが無い女王に対して、審判の裁定は優位に動いていたし、試合は須崎のペースになるはずだったと小林氏は見ていた。
「組んでからのくずしも、いなしも、フェイントもしないので、相手の隙を誘い出せず攻めあぐねていました。上半身の動きが止まってしまっていたので、お互いに押し合いが続いていました。試合時間は計6分ありますが、5分くらい同じ状態が続いていました。それでも組んで押し負けはしていなかったし、決して須崎選手が劣勢ではありませんでした」
ビネシュが、消極的だったことへの指導に伴う得点が2回、須崎に与えられ、2-0とリードして第2ピリオド終盤になった。ここから少しずつ須崎が後ろへ下がりはじめ、ビネシュに試合終了残り10秒でタックルを仕掛けられ逆転負けを許した。
「どんなときも『かかとを紙一枚ぶん空けておけ』と言われます。相手からの攻めに瞬時に反応ができて防げる姿勢だが守りすぎず、常に攻めることができる構えをやめないようにということです。ところが、あの瞬間の須崎選手はかかとがマットについてしまっていたのだと思います。そういう状態で組み合うと、相手に攻める気持ちがないことが伝わるんです」と小林氏。
常に攻める気持ちを心がけてきた須崎だったはずだが、2-0のリードを守って逃げ切ろうという隙がどこかに生まれたのか。
須崎は「プレッシャーはなかった」と答えたが、小林氏は「追われる人間の辛さ」が須崎の敗因のひとつにあったと指摘した。
「大事な大会で勝つには、どんな試合をするのかイメージすることが大事です。おそらく『負けない試合』ばかり考えて初戦に向かってしまったのではないかと思います。世界一になってからの試合は、下手な負け方はできない、かっこ悪い勝ち方もしたくないなどいろいろなことを考えます。よく言われることではありますが、勝っているときこそ、チャレンジャーである努力と工夫が必要なんです」