なぜパリ五輪で鏡優翔は浜口京子氏も超えられなかった“女子最重量級の壁”を破る歴史的金メダルを獲得できたのか…元金メダリストが解説
世界選手権で優勝した鏡は対戦相手にマークされ研究されていた。だが、小林氏は、鏡はそれを逆手に取ったという。
「鏡選手が得点するのはタックルであること、成功率がとても高いことは対戦相手の選手もセコンドも皆さん、把握していたと思います。それによってタックルへの警戒感を増幅させ、フェイントなどの動きが有効になり、スタミナを奪っていきます。日本選手は後半に強いので、そこで点数をとりやすくなった。前年の世界選手権で優勝すると、翌年の五輪では思うようにいかない、ということが少なくないのですが、知られていることで警戒させられて、よい効果を生んでケースですね」
鏡の金メダルへの道のりは故障との戦いでもあった。
2022年12月に大胸筋断裂、パリ五輪予選を兼ねた世界選手権の代表選考にはギリギリで間に合い、2023年6月の明治杯で復帰し優勝。代表決定プレーオフに勝って出場した2023年世界選手権で日本の女子最重量級としては20年ぶりの優勝をして、パリ五輪出場を確実にした。だが、今年3月に肋骨骨折、さらに5月に右膝も傷めたため、パリの本番前に練習時間は少なかった。
怪我をしたことで逆に自分のレスリングの戦略が固まっていったのかもしれないと小林氏は指摘する。
「私にも身に覚えがありますが、動けないような大ケガをしても、頭からレスリングのことが離れないのです。そんなときくらいリラックスすればよいのでしょうが、目をつぶればレスリングのことを考えてしまう。そういうときは、神様が考える時間をくれたと思って、新しい技術の開発、戦略シミュレーションなどをしました。鏡選手もきっと、似たような状況にあったと思います」
なぜ日本の女子重量級で長らく金メダリストが生まれなかったのか。浜口氏がアテネ、北京五輪と2度近づいたが、いずれも準決勝で敗退している。
ひとつは競技人口。特に重量級は選手層が薄く、しかも70キロ以上になると、同程度の体格の練習パートナーの確保も難しい。日本は豊富な練習量で最初から最後まで攻撃の手を休めないスタイルを確立し、それを試合の後半になっても止まらないスタミナをも培ってきたが、重量級ではその練習量を積むこともままならない。