「狙わない方が失礼」井上尚弥のグッドマンの負傷した左目を「狙う」発言はフェアプレーに反しているのか…新たに浮上した”負傷ドロー”を回避しなければならない問題点
プロボクシングのスーパーバンタム級4団体統一王者の井上尚弥(31、大橋)が24日に有明アリーナで対戦するWBO&IBF同級1位サム・グッドマン(26、豪州)との防衛戦で延期の原因となったカットした左目上を「狙う」ことを明言したことが波紋を呼んでいる。フェアプレーの議論にまで発展しているが、大橋秀行会長(59)は「狙わなければ逆に失礼」と、全面支持の姿勢を明かした。また、もし偶然のバッティングでカットして4ラウンド完了までに試合が続行不可能と判断された場合はテクニカルドローとなる危険性もある。
「勝負。プロの世界は甘いものじゃない」
波紋を呼んだのは8日にメディアの取材を受けた井上のこの発言だった。
「当たり前じゃないですか。勝負ですからね。そこは一つ大きな弱点になる。プロの世界は甘いものじゃないよ、というところ。そこも一つ勝利の鍵になってくるところではある」
「負傷したグッドマンの左目を狙うのか?」という質問に対する返答だった。
当初、この試合は12月24日に予定されていたが、14日に現地で行われた公開スパーリングで、グッドマンが左目の上をザックリと切るアクシデントを負った。グッドマンは16日早朝に来日予定だったが、4針を縫うほど傷は深く、本人は強行出場を訴えたが、周囲のプロモーターやトレーナーなどがストップをかけた。井上陣営と協議したところ「5週間あれば大丈夫」と、グッドマン陣営からの申し入れがあったため、わずか「3時間半」の間に井上陣営は、場所を抑え、1月24日に延期することを決定した。
古くは“キンシャサの奇跡”と呼ばれた1974年10月30日にザイール(現コンゴ民主共和国)のキンシャサで開催されたモハメッド・アリ(米国)とジョージ・フォアマン(米国)との伝説のWBC&WBA世界ヘビー級戦でも同じような事態が起きた。試合の8日前にフォアマンがスパーリングで右目上をカットする怪我をして、当初は9月25日に行われる試合が、10月30日まで5週間延期された。それを基準に治癒期間を考慮すれば、1月24日の再セットは順当だろう。
だが、左目上の傷は間違いなくグッドマンにとって”爆弾”になる。
WBC世界フライ級王者の寺地拳四朗(BMB)と、WBA世界同級王者のユーリ阿久井政悟(倉敷守安)に話を聞いた際には「5週間くらいだと間違いなくすぐに切れてしまいますよ」と揃って同じ意見を口にしていた。ただでさえ、井上の絶対有利とされているグッドマン戦で、その”弱点”を狙えば、傷口が開き、時には、流れる血が視界をふさぎ、流血が激しければ、レフェリーあるいは、ドクターが試合続行不可能と判断して、井上のTKO勝利が宣告されるだろう。
ただ、この発言を巡ってSNSなどでは、一部のファンから「フェアプレーの精神に反しているのではないか」との批判も飛び交い、あの1984年ロス五輪での世界中を感動させた伝説の戦いのエピソードが例に持ち出された。柔道の無差別級の決勝戦、山下泰裕氏(現JOC会長)とモハメド・ラシュワン氏(エジプト)の戦いだ。
山下氏は2回戦で右足を負傷し足を引きずるほどの状況だった。だが、ラシュワン氏がその山下氏の痛めた右足を攻めず、山下氏が「横四方固」で1本勝ちをして金メダルを獲得したことが「フェアプレー」の美談として語り継がれている。
だが、大橋会長は、これらの批判に真っ向から反対意見を述べる。
「切った左目を狙うのは当たり前。そこを手加減して狙わないのなら、逆にグッドマンに失礼ですよ。私が現役時代でも狙いますよ」
手加減して古傷を狙わないことこそグッドマンへのリスペクトに欠ける行為で、フェアプレー、ひいてはスポーツマンシップに反する行為だと主張した。どれだけ井上が有利であろうとボクシングに絶対はない。隙を作れば、そこが命取りにもなる。これこそが正しいフェアプレー精神だろう。