前橋育英の高校サッカー史上最多となる”20人PKの死闘”を制した舞台裏にあった壮絶なドラマを追う
第103回全国高校サッカー選手権決勝が13日に国立競技場で行われ、前橋育英(群馬)が1-1から突入したPK戦を9-8で制して流通経済大柏(千葉)を振り切り、7大会ぶり2度目の全国制覇を達成した。初優勝した2017年度大会と同じ顔合わせとなった名門対決は、延長戦を含めた110分間を終えて決着がつかず、決勝史上で4度目のPK戦でも7人目までが全員成功。決勝最多の5万8347人の大観衆を酔わせ、10人目で前橋育英が歓喜した舞台裏で繰り広げられたドラマを追った。
つながられたキャプテンマーク
凝視していなければ見逃してしまいそうな“儀式”だった。
前半に1点ずつを取り合ったまま、延長戦を含めた110分間の攻防を終えても決着がつかなかった一戦。天国と地獄とを分け隔てるPK戦を前に、前橋育英のキャプテン、MF石井陽(3年)が左腕に巻いていた赤いキャプテンマークをそっと外した。
次の瞬間、優勝への思いを込めて守護神の藤原優希(3年)に手わたす。PK戦の末に6-5で愛工大名電(愛知)を破った昨年大晦日の2回戦で選手たちの判断ではじまり、山田耕介監督(65)も目を細めながら認めた験担ぎだった。
先蹴りのPK戦で一番手を務めながら外し、あわや2回戦敗退のピンチを招いた石井が、藤原へキャプテンマークを託した理由を明かした。
「PK戦のキャプテンはお前だ、と。藤原が止めてくれればチームも勢いづくし、実際にPK戦に強いので。気持ちを入れて止めてくれ、という思いで今日もわたしました」
石井の思いを受け入れた藤原は、2回戦に続いて武者震いを覚えていた。
「昔からPK戦には自信があったので、もう僕のものだ、という気持ちでした」
もっとも、直後に藤原は動揺している。選手たちの状態を見極めたうえで、山田監督がその場で決めるPK戦のオーダー。4番手で自身の名前が告げられたからだ。
「最後の11番目で、PKストップに専念させてください」
藤原の必死の訴えに、1982年から前橋育英を率いる大ベテランの山田監督も「お、おう」とうなずいた。最終的に決まったオーダーで、愛工大名電戦と同じ順番の選手は実は一人もいなかった。石井はサドンデスで回ってくる7番手に、前半31分に頭で同点弾を決めたMF柴野快仁(2年)は同じく10番手で指名された。
「2回戦でものの見事に外したハル(石井)は、もう5番目以降にしようと。柴野は何だか堂々としているように見えて、実は気がちょっと小さいんですよ」
こう語った山田監督は、自軍の選手がPKを蹴る際には決まって目をつぶる。もう見ていられない、という心境から「神頼みです」と苦笑した指揮官は、さらに「ウチは昔から本当にPK戦に弱かった。ただ、今日はPK戦くらいじゃないと本当に勝てないと思っていました」と、流経大柏との力の差を認めながら本音を明かしている。
望み通りに迎えたPK戦。決勝戦で歴代最多の5万8347人の大観衆に凝視される、人生でも経験のない状況のなかでも後蹴りの前橋育英の選手たちは動じなかった。1番手のFW中村太一(3年)から全員が確実にゴールネットを揺らしていく。
先蹴りの流経大柏も負けない。両チームともに5人ずつが成功し、サドンデスに突入しても状況は変わらない。7番手の石井もしっかりと決めた。
「直後に『あとはお前が止めるだけだ』と藤原に伝えました」