前橋育英の高校サッカー史上最多となる”20人PKの死闘”を制した舞台裏にあった壮絶なドラマを追う
石井の檄に藤原も応える。流経大柏の8番手、DF甲田爽良(2年)が右を狙った一撃に判断よく反応。守護神が触れたボールは右ポストに当たって前へと弾んだ。
「あれは完全に読んでいました。けっこうギリギリのコースだったと思いますけど、最後に両手を伸ばして、指でかき出すような感じで何とか止めました」
優勝は8番手のMF白井誠也(2年)に託された。スピードとテクニックとを搭載したスーパーサブとして今大会を通じて際立つ存在感をピッチ上で放ってきた、身長161cm体重50kgの小さなドリブラーの一撃は、無情にもクロスバーを越えた。
「直前に止めてくれた藤原先輩に申し訳ない気持ちでいっぱいで。相手キーパーの動きはあまり見ずに思い切り蹴ったんですけど、緊張や不安で力んじゃって……」
涙を隠そうと、ユニフォームで顔を覆った白井の背後から藤原が抱きつく。
「大丈夫。俺がもう一本止めるから任せろ」
ともに成功した9番手をへて迎えた10番手。有言実行とばかりに、藤原はFW安藤晃希(2年)が左を狙った一撃を完璧に弾き返した。そして運命を託される柴野の耳元で、守護神は「もう終わらせてくれ」とささやいた。
先輩のひと言で「ちょっと笑顔になれました」と柴野が言う。
「10番手なんて普通は回ってこないじゃないですか。しかも、先に相手が外して、自分が決めれば優勝なので、今日の自分はもっていると思って。初戦に出場した後は自分の体調管理が悪く、ずっと試合に出られなかった影響で足も限界にきていましたけど、意外と平常心で蹴れました。とにかく、枠を外すキックだけは避けようと」
流経大柏のGK加藤慶太(3年)が左へ飛んだなかで、大胆不敵にもど真ん中へ蹴り込んだ柴野の一撃とともに、大会史上に残る死闘と化したPK戦も終わりを告げた。決勝戦でのPK戦決着は、山梨学院(山梨)が青森山田(青森)を4-2で破った2020年度大会以来、4大会ぶり4度目。総勢20人が蹴ったのはもちろん最多記録だった。