「屈辱的。代役を引き受けたことを後悔している」当日に過去最重量だった井上尚弥が「来い!」と余計な挑発をした韓国人キムを4回KOで粉砕し号泣させた理由とは?
プロボクシングのスーパーバンタム級4団体統一王者の井上尚弥(31、大橋)が24日、有明アリーナで、WBO世界同級11位のキム・イェジュン(32、韓国)に4ラウンド2分25秒にKO勝利して4団体のV3に成功した。10連続KO防衛で、世界戦勝利は24勝目。そのうち23戦がKO勝利となりジョー・ルイス(米国)の持つ世界最多記録に並ぶ快挙となった。当初対戦予定だったIBF&WBO同級1位サム・グッドマン(26、豪州)の負傷で1か月延期、さらに13日前にその傷が再度開いて中止となり、対戦相手が交代という異例のアクシデントを乗り越えての価値あるKO勝利。4月に米ラスベガス、秋にはサウジアラビアで試合を行うプランが練られている。
「そんなことしなきゃよかったのに」
余計なスイッチを入れてしまった。
「そんなことしなきゃいいのにな」
4ラウンドだ。井上の左フックの強打を浴びて、ロープを背負うことになったキムは、あろうことに「来い!」と、右のグローブの手招きジェスチャーで挑発したのだ。それも一度だけではなく、二度三度。
「近づいてきたところにパンチを打ちたかった」とは、キムが語った挑発の理由。
いちかばちかのカウンターを狙ったが、冷静な井上は「むっとした」という。
「絶対に倒してやろうと思った」
鉄板でも突き抜けそうな渾身のワンツーを顔面に受けたキムはロープへ吹っ飛び、両手、両膝をついた。左のボディブローを打たれた腰付近を痛そうに抑えた。レフェリーのカウントアウトとほぼ同時にキム陣営から棄権の意思表示のタオルが投げ込まれた。
「井上はどうすればパンチをうまく当てるかをよく知っている。実際に対峙した井上は、研究した時よりも、もっと早くて強かった」」
ここ数年間、井上との試合を常にイメージしてトレーニングを積んできたというキムは、そのギャップに面食らった。
それがモンスターの実力だった。みるみる左目の下が腫れあがってきたキムはコーナーで号泣。しばらく椅子から立ち上がれなかった。
当初、リザーブファイトとして組み入れられていたが、急きょ、グッドマンの代役に繰り上がったのが13日前。逃げ回ることなく、井上に被弾まで味あわさせた勇気ある韓国人がリングを去る際に有明アリーナを埋めた1万5000人のファンは、惜しみのない拍手を送り、井上も勝利者インタビューを中断して拍手を送った。それは美しい光景だった。
試合後の会見でキムは「勝つためにここ来た。この負けは屈辱的だ」と涙の理由を説明。代役を引き受けたことに後悔はあるか?と質問すると「負けたんだから後悔はある…冗談と本音が半々の言葉だけど」と小さな声で答えた。
過去に例を見ない特異な世界戦だった。
グッドマンの負傷で、当初予定していた12月24日の防衛戦が1か月延期となり、今度は、また傷口が開き、13日前に中止、そして代役に何の事前情報もないキムが立てられた。
「どっと疲れた。2か月、色々あった。中止とか、変更とか、試合で疲れたというより、肉体的ではなく、精神的に結構きつかった。正直、こうやって無事勝つことができて肩の荷が下りた」
井上の言葉に実感がこもる。さらに「見せなきゃいけないというプレッシャーではなくて、12月24日に向けてまず全力で仕上げていた。10日前に延期となり、1週間ぐらいは何も考えず過ごし、また1カ月で全力で仕上げる。必死にトレーニングをやっている時は、思わなかったけど、こうやって終わってみると、どっと疲れたと感じた」と、その“きつかった”中身を解説した。
大橋会長も「疲れた。この1か月、電話が鳴ると(何が起きたかと)恐怖だった」と振り返った。実は、キムのリザーブのリザーブに、もう一人世界ランカーを用意していたが、体重超過で呼ぶことができなくなり、大晦日に元4階級制覇王者の井岡一翔(志成)が挑戦する予定だったWBA世界スーパーフライ級王者のフェルナンド・マルティネス(アルゼンチン)が猛威をふるっているインフルエンザに罹患して試合が中止になったのを見て、その最悪のケースも想定し、「延期の延期」のため2月6日にも有明アリーナを予約していたという。
だが、4ラウンドの10カウントを聞くまで、井上自身も、そして井上陣営で誰一人として、弱音や不安を口にした者はいなかった。
「本人も自分も周囲もネガティブな言葉を発した人は1人もいなかった」と証言するのは父の真吾トレーナーだ。