「屈辱的。代役を引き受けたことを後悔している」当日に過去最重量だった井上尚弥が「来い!」と余計な挑発をした韓国人キムを4回KOで粉砕し号泣させた理由とは?
なぜなのか。
「試合の日は決まっている。井上尚弥をマックスに仕上げられれば、誰も勝てる相手はいない。尚はどんなタイプにも対応できる万能型。だから相手は関係ない」
井上が語り続けてきた「25年のキャリアの引き出し」への自信である。
真吾トレーナーがそれを確信した瞬間があった。
1度目の延期が決まった年明けの1月1日に8年ぶりにミットを持った。
2017年12月からミットの仕事は「おーちゃん」の愛称で呼ぶ太田光亮トレーナーと交代した。長年、井上のパンチを受け続けてきたツケで腕のしびれが取れなくなったのが原因。その太田トレーナーが不在だったため、父が久しぶりにまだ痛みの薄い方の左手を中心にミット打ちの相手を務めた。翌2日も井上から「持って欲しい」とリクエストがあり、続けてコンビを組んだ。真吾トレーナーのミットは独特。あえて打ちにくい距離に詰めたりする。
「ここ前はもっと距離が詰まっていたよねっていうところで自分の距離を作れていた。尚のボクシングは距離。久々にミットを持つことでわかった進化があった」
だから“ぶっつけ本番”にも不安はなかった。
真吾トレーナーは控室を出る前に「見切るまで絶対に気を抜くなよ」とのメッセージを伝えた。井上はサウスポースタイルを採用してきたキムに1ラウンドは慎重に右のボディストレートを多用して入った。
「ジャブではなく、ボディで距離を測った。それは尚の感覚だったんでしょう」と真吾トレーナー。
2ラウンドに入ると、もう井上はプレッシャーをかけた。ジャブ、右のショート、あえて大振りのフックを振り回して反応を見る。ガード越しにパンチを打たせ、あるいは、ノーガードでパンチを受けた。井上はキムの能力を測っていた。だが、攻撃態勢を緩めた際、不用意にキムの左ストレートを被弾した。
井上は「キム選手の試合はざっと見たぐらい。あとは自分のキャリアと引き出しとを信じて戦おうと思っていた。(パンチの)軌道を把握はできてなかったので、ああいうパンチをもらった」と事前の対策がほぼなかったことを明かした、
真吾トレーナーが「あの左のスイングだけが怖いので気をつけろ」と言っていたパンチだった。ただ昨年5月6日のルイス・ネリ(メキシコ)を相手に喫したダウンシーンは、「頭をよぎらなかった」という。
「土壇場の体の入れ替えで、見切りが難しいタイミング。ただずっとプレッシャーはかかっていた。そこから出れなくて、殻を破ろうとしてキムはやられた」
3ラウンドからは超攻撃的にプレッシャーをかけた。
「手応えは最初の方からあった。それをどういうフィニッシュにつなげるかを考えていた。うまさもあったがすべてがわかる前に終わってしまった」
井上はそうキムを評した。あまりにもレベルも格も違っていた。