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日本人トップでゴールした近藤亮太。初マラソンの日本最高記録をマークした(写真:長田洋平/アフロスポーツ)
日本人トップでゴールした近藤亮太。初マラソンの日本最高記録をマークした(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

なぜ大阪マラソンで折り返し地点間違いのミスが起きたのか… ロスがなければ日本新?“初挑戦”日本最高を塗り替えた箱根駅伝激走の青学大・黒田朝日とホープ近藤亮太の可能性

「高校、大学であまりパッとするような成績をあげられなかったなかでも、『距離が延びれば強くなる』という勝手な思い込みがあったので、『マラソンまでは絶対やってやるぞ!』という気持ちでした。その自分に対する期待だけでやってこられたかなと思っています」(近藤)

 入社3年目の今季は10月に以前から気になっていた両足の足底(筋膜炎)が悪化。11月は貧血に悩まされたこともあり、ニューイヤー駅伝の出走メンバーに入ることができなかった。それでも1月のニュージーランド合宿で手応えをつかむと、調子を上げてきた。本人は「2時間08分00秒」を目標にしていたが、黒木純監督は「2時間5~6分台の練習はできた」と自信を持って、近藤を初マラソンに送り出した。

「ニュージーランドの40㎞走でマラソンの走り方というか、楽に走るきっかけをつかんだんです。大阪では30㎞まで余裕を持って、カラダの軸をブラさずに最後まで走りきれたらいいなと思っていました。途中できつい場面があったんですけど、前の選手のリズムをもらって回復しながら走り続けられたのがすごく良かった。日本人トップで初マラソンを走ることができたのは素直にうれしいです」
 終盤は両脚がけいれんし始めたが、最後まで力強い走りが崩れることはなかった。有力選手が多く出場する東京マラソンを残しているとはいえ、無名にい近い存在だった近藤が東京世界陸上の代表候補に名乗りを挙げたことになる。
 一方の黒田は玉野光南高時代に3000m障害の選手として注目を浴びると、大学では箱根駅伝の2区で大活躍。昨年は区間賞に輝き、今年は区間記録を上回る1時間05分44秒(区間3位)で走破して青学大の連覇に大きく貢献した。
 初マラソンとなったが、先輩の若林宏樹が2月2日の別府大分で2時間06分07秒の学生記録を樹立したことに刺激を受けていた。大阪の42.195㎞は、「ずっときつかった」だけに、「とりあえず(若林の)記録は超えられたので、それは良かったと思います」とゴールではガッツポーズが飛び出した。

 2時間5分台が目前だったが、「そこまでタイムにこだわりがあったわけではないので、本当に今回は走りきれて良かったです」と安堵の笑顔を見せた。勝負もあまり意識はしていなかったという。

 

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